部員ブログ

2018-11-14
関学サッカー部ありがとう(大西悠太)

このブログを書くにあたり、少し私の大学生活を振り返ってみた。少しニヤケてしまうくらいに楽しかったなぁと思う。

「自分って本当に必要?」
関学サッカー部入部当初、厳しい練習やレベルの高さについていけず、私の中にはいつもこれが渦巻いていた。ランメニューはタイムに入れず先輩をもう一度走らせ、中途半端なプレーで皆に怒鳴られた。自分の人生で最も辛い時期だったし、この先も更新することはないのではと思う。

でも1番辛かったのは「大西悠太」を誰も必要としていなかったことだ。先輩に名前も覚えてもらえないし、そもそも誰も自分のプレーに興味がない。チームは日本一になったが、その喜びを軽く上回る程、そんな状態がキツかったし悔しかった。

関学サッカー部は実力主義だ。というより大学サッカー界はそんな感じだと思う。サッカーが上手い奴は後輩であろうと堂々と胸を張り、そうじゃない奴は先輩であろうとどこか肩身が狭そうに振舞っている。

そんな環境の中ではサッカーで実力を示すこと、またはピッチ外での貢献が至上命題になる。私は「この集団の中で、どんな形であれ、認められて必要とされたい」と強く思うようになった。こんなちっぽけなことが一番の目標となった。

私は関学サッカー部で、4回生になった今でも圧倒的雑魚キャラである。足遅い、ブス、貧乏、豆腐メンタル、小者臭、これらが私に対する周りからの評価である(愛されている証)。

こんな男が今まで通りやっていては、何も変わらない。まっすぐ進んで突き抜ける実力はない。「周りと比較し、自分だけの強みは何か?」を常に考えるようになった。

サッカーでは、「やりたいプレー」ではなく、「通用するプレー」を考え、実践した。
サッカー外では、一般入試組の自分がミーティングなどでいっぱい頭を使おう、Iリーグ運営や役職リーダーをやろうと決めた。

結果は出た。サッカーはめちゃくちゃ上手くなり(自己評価)、カテゴリーも少しずつ上がった。チームメイトからも認めてもらえるようになった(自己評価)。

「組織の中で、どう自分を表現するのが最も良いのか考え、少しの勇気を持ち実践する」
私が大学四年間で大切だと感じたことだ。

結局、このブログを通して私が伝えたかったのは『関学サッカー部ありがとう』だ。
もし関学サッカー部に入っていなかったら?
おそらく、特に苦しいことをせず、特に挑戦もせずに、それなりに楽しく過ごして大学生活を終えたと思う。
私は母によく言われる。毎日サッカーばかりでかわいそうだと。
しかし、私は真逆に感じる。こんなに充実した大学四年間を過ごせて本当に幸せだ。

とてつもなくサッカーが上手い奴らについていこうと、必死に試行錯誤した日々。酸欠で視界がなくなってしまうほどキツい練習。遠征での夕食前の一発ギャグ。
全てが最高の思い出だ。

互いに切磋琢磨し、ああだこうだ言い合いながら共にチームを前に進めてきた同期。
いつも頼りになり、この人達の為に頑張ろうと思えた先輩。
バカなことばかりして、でもサッカーには全力で、勝たせてあげたいと思える後輩。
全てが私の原動力だ。

これら全てが自分を成長させてくれ、かけがえのない四年間を過ごすことができた。

もう私が関学サッカー部に恩返しできることは少ない。C1のIリーグはあと一歩が届かず終わってしまった。全力を注いだイヤーブックも完成した。

しかし、残された期間、モチベーションがないなんて言ってられない。目標は日本一である。B、C1、C2、C3チームが必死こいて頑張るから、Aチームがもっと頑張れる。それが関学サッカー部の素晴らしさだろう。

この先、私がAチームで試合に出ることは正直に言って、ない。しかし何が日本一に繋がっているかなんてわからない。もしかしたら、私の日々の頑張りがそうかもしれない。日本一を獲るのに不要なことなど何もない。

とことんやって、笑って終わりたい。
そして日本一になって、大声で叫びたい。
『関学サッカー部ありがとう』と。

男子チーム4回生 大西悠太

2018-11-7
一部に昇格するということ(児嶌彩)

4年生となり、授業も少なく、フリーな時間が増えた今日この頃、テレビをつけたらフィギュアスケートの織田信成選手が映っていた。引退後テレビに引っ張りだこな彼だが、その凄さはフィギュアスケートの成績のみならず、感情を豊かに表現できることだと思う。

彼は、悲しいとき、悔しいとき、嬉しいとき、感動したとき、隠すことなく感情に従い涙を流す。NHK杯で自らが優勝したとき、鈴木明子選手が優勝したとき、日本人選手がワンツーフィニッシュしたときも号泣していた。

プラスの感情で涙をあまり流すことのなかった私が、初めて嬉し涙を流したのは、2015年6月21日春季リーグの最終節で2部リーグ優勝を果たし、一部昇格が決まったときだ。

まだ入部したてで、自分のなすべきこと、価値を発揮する方法を模索していたころだった。
目的目標に向かって日々部活動に取り組むチームメイトとともに、優勝を掴めたのに強い喜びを感じた。そして、このチームはこんなにも愛されるのだと感じた。親だけじゃなく、祖父母からいとこ、友人、他大学のサッカー部員までも試合を観に来てくれ、心強い応援と『観に来てよかった』、『頑張ろうって思えた』、『自分のチームよりも本当に応援してる』などの温かい言葉をくれる。
こんなにも愛され、観る人の心のこころを動かせるチームは多くないだろう。

11月11日のポッキーの日、女子チームは一部昇格をかけた闘いに向かう。優勝して、嬉しい涙を流すだけじゃなく、私たちを支える多くの人々の心を動かしたい。

女子チーム4回生児嶌彩

2018-10-31
ひたむきにやり続ける (里岡龍斗)

中学、高校と指導していただいた沢田監督がよくおっしゃっていた言葉である。その人と出会っていなかったら、私は今でも自分の長所を見つけられないままだったかもしれない。

一言で言うと熱い監督だ。試合中は常にテクニカルエリアの1番前に立ち、大声で選手を後押しする。点が入ると選手以上に喜び、惜しいシーンはからだ全体で悔しさを表現する。感情を表しすぎて退席を命じられてしまった事もあったが、それも自チームの選手に対しての軽いプレーを許さない姿勢からだった。選手のためにあれだけ熱くなれる監督はそういない。ひとつひとつのプレーに気を抜けない緊張感、自分たちと共に戦ってくれているような安心感がそこにあった。

そんな監督のもとで、6年間サンフレッチェ広島の下部組織に所属し、常にレベルの高い中でプレーしてきた。全国優勝も経験し、それなりの実績は残してきた。しかしそれは私自身の力ではなく、チームメイトに恵まれていたからだった。試合には出させてもらっていたが、上手いわけでもなければ、速いわけでも、強いわけでもない。自分には長所がない。なぜこんな私を試合に使ってくれるのだろう。正直ずっと疑問に思っていた。

高3の春、新チームでの活動がスタートした時、私はサッカーノートに不安な思いをぶつけてみた。すると、コメントにはこんな事が書いてあった。
「龍斗はやるべき事を決してさぼらない、やり続ける力がある」
これを読んだ時、初めて自分の長所に気づけた。やるべき事とは単純で、体を張る、味方のカバーに入る、危ない時に戻るなど誰でも出来る事だ。うまくいっている時、調子が良い時にできるのは当然として、うまくいかない時にでも、同じようにできるかどうかでその人の人間性が現れる。今思うと、ひたむきさを、自分なりに体現しようとしていたのかもしれない。ひたむきさとはどんな時にでもぶれずに、やり続けられる力である。

先日、Iリーグに参加した関学チームの全ての日程が終了した。どのチームもトーナメントに行くべきチームだったに違いない。苦しい時もひたむきに、一戦一戦出来る事全てを賭けて挑み、試合に出ていなくても支え続け、応援し続けていた4回生の姿を見てきて、心を動かされるものがあった。この人達はすごいなと思ったし、羨ましかった。

私は今まで誰かのためにと思ってプレーしたり、誰かのために応援した事など一度もない。常に自分が出ていれば、自分さえ良ければいいと思っていた。しかし同時に、いつも自分の事ばかり考え、周りを応援出来ない自分が嫌いだった。思えば沢田監督や4回生のように私が影響を受けた人は、誰かのためを思い全力だった。私も誰かのために必死になり、熱くなれるような人になりたい。

大学に入り、怪我で思ったようにサッカーが出来ず、うまくいかない日々が続いているが、今やるべき事をひたむきにやり続ける。それは自分のためでもあるが、今私がチームにとってできる唯一の原動力だと思う。

男子チーム1回生 里岡龍斗

2018-10-24
エンターテイナー (森重麗)

 2018年度の主な出来事を簡単にまとめてみる。

・元旦、インフルエンザに感染する
・原付を盗まれる(見つからず)
・天皇杯でG大阪に勝利
・喉が腫れる病気になる(手術)
・足首を負傷する(手術)
・関西学生リーグで現在首位
・5ヶ月の離脱を経て、10月中旬に遂に復帰←今ここ

 この数々の出来事こそ、私が「エンターテイナー」と言われる所以である。サッカー部は天皇杯で目標であるJリーグチーム撃破を達成した。さらに現在リーグ首位で、ポジティブな話題を提供している。それに対して私は、サッカーと私生活において、なかなかポジティブな話題を提供できていない。

 しかしこの程度の事で、弱音を吐くなど許されない。同じ時期に大怪我を負い、復帰が来年になるにも関わらずリハビリに励む二回生の藪田。私が離脱中にC2チームを支えてくれた、カテゴリーキャプテンの米田とコンダクターの長澤。未だに私達を気にかけて下さる去年の卒業生。どの立場でも常に全力を尽くし、チームを引っ張る四回生の仲間。そして、私が病気と怪我で苦しい時期でも支えてくれた両親。残り少ない時間の中で、彼らに少しでも恩返しがしたい。

 残り一ヶ月のサッカー人生となった。サッカー部が日本一になるために、何ができるのかを自問自答し続けていく。そして、特大のポジティブな話題をみなさんに提供することを約束する。なぜなら私は、生まれながらの「エンターテイナー」なのだから。

男子チーム4回生 森重麗

2018-10-17
綺麗事は好きじゃない(松井詢)

綺麗事は好きじゃない。

その理由は、自分の無力さを痛感してしまうからだ。「夢は叶う」とか、「努力は必ず報われる」といった言葉をトップアスリートが聞くと、「うん、その通りだ」と思うだろう。しかし私の場合はそうは思えない。それは私がひねくれているからではない。その言葉を信じられるような成功体験がとことん無く、どこかで自分に限界を感じ、綺麗事に胸を打たれる事のない自分になってしまっていたからである。

つまり私のサッカー人生は、全てが道半ばで夢や目標が途絶える、中途半端なものだった。

小学校1年生からサッカーを始めたが、1度もキャプテンや副キャプテンなどを任された経験もなく、輝かしい選抜経験もない。それに加え、所属していたチームが良い成績を残した際の私は、出場時間がごく僅かであったりと、チームの結果に対する貢献度も限りなく0で、これもまた中途半端だ。
そんな私でも、現在までサッカーを続ける事ができた。なぜか。
それは、「後悔はせずに反省だけを繰り返してきた」からだ。
後悔とは、過去を悔いるだけだが、反省は、過去を踏まえ未来にどう繋げるかを考える事だ。

小中高の引退試合では、毎回悔し涙を流し、「あの時こうしていたら」と後悔だけをしていたと思っていた。しかしそうではなく、反省を繰り返してきたからこそ、現在に至るまで必死になって続けてこられたのだとわかった。そして気付けば、関学サッカー部に入部していた。もし後悔だけを繰り返していたのであれば、とっくにサッカーから離れているだろう。

そして反省の末、私が中途半端なのは、あくまでも結果だけだという事に気づく。
それ以降、過程へのこだわりを強く持つようになった。
後輩や同期に、「こいつのためなら、こいつとなら頑張れる」と思われるような姿勢を口と行動で全力で示し続ける事で、本当に価値のある勝ちを求めることにした。

これまで1人で結果を出し、誰ともその結果を共有せずに生きがいを感じた人はいるだろうか。私はいないと思う。
つまり、結果が出た時に自分と同じぐらい喜び、悲しむ人が多くいる事こそが生きがいだと気づいた。だからこそ過程へのこだわりで、共有する仲間を増やし、密度の濃いものになるよう努力した。

私の所属するC1チームはIリーグ最終節を勝利で終えたものの、グループリーグ敗退が決定した。サッカー人生最後の結果も中途半端だった。だが、悔し涙は出なかった。
メンバーに入れなかったり、公式戦が無いカテゴリーで日々努力し続ける仲間からすると、この結果に後悔して号泣するぐらいの気持ちはないのか。と思うかもしれない。
だがIリーグや日々の練習を通して、自分のこだわった全力の姿勢を十分に出した。その結果、リーグ終盤に負けて涙する後輩もいてくれた。その事が本当に嬉しかった。最終節の勝ちは本当に価値のあるものだと肌で感じることができた。

C1チームの後輩は、今年の私の姿をどう感じ取ってくれていたのだろうか。
他カテゴリーにいい刺激を与えられる存在になれただろうか。
それも含め、様々な挑戦は終わってからでないとその価値が分からない事が多い。しかし過程にこだわり、共有する仲間がいればどんな結果であれ、価値のあるものになる。

綺麗事は未だに好きにはなれないが、「夢」や「報われる」の本当の意味は何か。その捉え方次第では綺麗事も素敵な言葉になるのかもしれない。そう気づかせてくれた関学サッカー部という組織と、これまで出会った人に感謝している。そして何より、私のわがままを支え続けてくれた両親に心から感謝している。

まだ可能性のある関西学生リーグ制覇、インカレ優勝という目標に対し、最後まで姿勢でチームの原動力であり続け、全員で感動を分かち合い、関学サッカー部の活動を締めくくりたいと心から思う。

男子チーム4回生 松井詢

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