部員ブログ

2019-4-10
大学サッカー×仲間(宅野海里)

サッカーを続けてきたことで、多くの人と出会うことが出来た。
これまで色々な出会いがあった中でも、大学サッカーでの出会いは自分の人生にとって一番大きな財産になると思う。
個性溢れる仲間との出会いで、視野や考える幅が広がったと感じている。
中学時代の恩師に、「人との出会いを大切に」と言われたことの意味がはっきりと分かった。

関学サッカー部に入って、仲間と共に過ごす中で、自分の人生についてたくさん考えさせてもらった。
ここで話すにはあまりにも多くの出来事があり、挫折があり、涙があった。
「なんで俺は大学でサッカーをしてるんだ?」
「なんのためにこんな苦しい思いをしてるんだ?」
悩み、苦しんだ。

大好きだったサッカーが嫌いになった。
試合に出られない、メンバーに選ばれない。自分はまだまだなのかと思う一方で、心のどこかで自分以外のところに原因を探している、そんな自分も嫌になった。
人生で初めてサッカーを嫌いになったことで、自分の人生について考える事が出来た。「サッカーがなくなったら何が残るんだ?」今まで考えもしなかった問いに直面し、自分には何もないことに気づいた。
しかし、ここで、関学サッカー部に入って初めて良かったと思えた。
ここには、何もなかった何かを創り出せる環境があり、仲間がいる。自分と同じような境遇でも頑張っている仲間や、こんな自分を助けてくれる仲間がいる。本当に良かった。
そして、自分のこれまでや、これからについて考えることで、新しいことにも取り組める。何かを創るには最高の環境だ。

サッカーが嫌いになっていた自分が今、サッカーをしているのは、苦しみながらも頑張り続けた先輩たちの姿や、バカみたいにミーティングして、話し合って、泣いて、笑い合った同期や、下級生なのにチームのこと考えて行動したり、がむしゃらにサッカーをする後輩がいたからである。おかげで大好きなサッカーを辞めずに済んだ。一度は嫌いになったサッカーで、もう一度、本気で日本一になろうと思えた。
サッカー部での活動を全て日本一に繋げるために考え、工夫し、活動してきた。

しかし、今の自分は、直接日本一を目指せる立場にはいない。
将太、悠樹、和希、友樹、英佑、今は任せたぞ。Aが勝たなきゃ意味がない。無責任なことを言ってるのは分かってるけど、今は託し、全力で応援する。それが今の俺に出来ることで、それしか方法はないから。
自分の情けなさに腹が立つけど、待っててな、俺も必ず這い上がってみせる。

人生には大きな決断をする時が何度かある。
1つの大きな決断である大学を関学にして良かった。
サッカー部での3年間で最高の先輩や同期、後輩に出会い、成長出来た。これからの人生においても欠かす事が出来ない経験が出来た。みんなありがとう。

シーズンが始まってまず1勝。
全員で最後に笑って終わろう。
なるぞ、日本一。

男子チーム4回生 宅野海里

2019-3-28
ラスト一年を迎えるにあたり。 (山本悠樹)

部員ブログは自分の考えを知ってもらうのと同時に、自分の考えを整理できる場だと思っている。誰かに向けてというよりも、自分自身をもう一度奮い立たせるために書きたい。もし何かを感じて もらえたら光栄である。

僕には自信がある。何かわからない不確かな自信がずっとある。何から得たのか、どこから得たのか分からないが、自分はまだまだやれるといつも思う。もっともっとやれると思う。自分にできないことなどないと、思うこともある。頭がおかしいと思われるかもしれないが、僕はこんな気持ちといつも一緒にいる。この不確かな自信と、僕はいつまで一緒にいるのだろうと時々思う。この不確かな自信を失った時、自分がどうなってしまうのかは想像がつかない。良くも悪くもこの自信と一緒にいた。この自信が僕の大部分を作り上げてきたことに違いはない。しかし、大学に入り自分に自信があったのはサッカーだけなのだと気付かされた。本当にサッカーだけしてきたなと痛感した。サッカーがなくなったら自分はどうなるのか。考えたこともなかった問題を突きつけられ、自分という人間を考えるようになった。

プロになるため。それだけが僕が関学に入学した理由だ。高校からプロにはなれなかった。あの挫折は自分にとって大きなものだった。失意のまま、逃げるように大学を選んだ。正直な話、それまで大学サッカーなんて考えたこともなかった。ただただ上手くなりたかった。見返してやりたかった。だから当時、大学で一番強かった関学を選んだ。強いところで揉まれまくらないとプロにはなれないと思っていた。自分がプロになるためのステップアップ。ただそれだけの理由で人間的成長なんて、どうでもよかった。

一年の時、海里に頼まれて学年リーダーを引き受けた。そこから何かが変わり始めた。高校では 経験しないミーティングの数々。みんなの前に立ってミーティングを進める。正直、リーダーと いう名前の優越感に浸っていた。お前ら考えろよ的なテンション。自分は優れていると思い込んでいた。しかし、ミーティングを通して仲間の色んな意見に触れ、色々な考えを知って行く中で違和感を覚えるようになった。それは、自分の素直な気持ちを発言できないこと。自分はこんなにも自分に自信が無かったのかと思うようになった。ありのままの自分を必死で隠す日々だった。サッカーをしている時はどれだけ自信満々でも、ピッチから出るだけでこんなにも僕は弱くなるのかと思った。サッカーという硬くて分厚い鎧の下の僕は、本当にか弱い人間だと知った。それからは必死だった。自分を変えたかった。少しずつ自分の意見を言えるようになった。伝えようとした。しかし同期から「悠樹の意見が知りたい」と言われることも少なからずあった。その度に自分はまだまだだなと痛感させられた。全ては自分を変えたいと望んだから。きっとそう思えなかったら今の自分はいないだろうし、存在するわけもない。

大学は色々な意味で分岐点だ。みんな各々の選択をしてきたのだろう。きっと誰も各々の選択は間違ってないし、否定する気も全くない。しかしその後どうするのかは自分次第だ。大学生活を楽しく遊び続ける時間にするのも、将来の夢を叶えるのも、何事にも代え難い4年間にするのも、全ては自分次第だ。サッカー部で自分が何をするのかも、サッカーがどれだけ上手くなるのかも、サッカー部の中のその他大勢でいるのも、サッカーを通して人としてどれだけ成長できるのかも、何もかも全部自分次第だ。一見無責任に見えて、いくらでも夢と可能性が詰まっている場所、それが大学だと思う。

この4年間を充実したものにしたいと僕は思うし、そう思う人は少なからずいると思う。ただなんとなく過ぎていく4年間では勿体無い。プロになるためだけの4年間では勿体無い。先程も述べたように、僕はプロになるためだけに関学に来た。プロになるための準備期間の4年間として、この大学を選んだ。しかし僕はまだまだ人間的に未熟だ。自分の意見をいついかなる時でも臆することなく伝えることはできないし、感情に流されることもあれば、組織マネジメントの難しさや言葉の与える影響力も知らなかった。それでも、大学生活で学んだことを挙げればキリがない。もっと得れるものがあるし、いくらでも成長できる。あんなに弱かった僕も、みんなにはどう写っているのか分からないが、本当に成長したと思う。それだけでも関学に来た意味はある。もしサッカーが できなくなったとしても、自分を好きでいたい。関学に来たからこそ出会えた、作り上げることのできた自分になろうと思う。

気づけば三年が経った。4年間なんてきっとすぐ終わる。だからこそ、ただなんとなく過ぎる時間は無駄だ。自分はどうなりたいのか、自分はどう変わりたいのか、自分は何をしなければいけないのかを常に求め続けたい。もがいてもがいてもがき続けるからこそ見える景色があって、手に入れることのできる何かがあるはずだ。そう信じている。本当に自分次第だと思う、行動を起こすのも変わろうとするのも。自分の人生は自分で決める。自分の人生だからこそ、最後に判断するのは自分以外の誰でもない。誰かの人生を僕が決めることはできないし、誰にもできるものじゃない。だから僕は、僕たち4回生は決断できるような、変わりたいと思えるような環境を作る。みんなが主体的に行動できるようなチームを作る。だからこそ本気で日本一を目指す。その過程にしか人間的成長は生まれないだろうし、したいと思わないだろうし、その過程の人間的成長だからこそ意味があるのだ。

大学も残すは1年もない。きついこととか苦しいことの方が多い気もする。でもそれで日本一が獲れるなら本望だ。プロになれるなら本望だ。この4年間を自分の揺るがぬ熱意と叶えたい何かを持って生きれたら、きっと人生は変わるだろうし自分も変えれる。全ては自分次第。この一年を素晴らしいものにするのもしないのも、本当に自分次第。この一年を素晴らしいものにするために、僕は必死に日本一を目指したい。そんな姿を見せ続けたい。

男子チーム 4回生 山本悠樹

2019-3-17
「奪還」(竹本将太)

「なぜサッカーをしているのか」
関学サッカー部に所属していると嫌でも考えさせられる。
入部したての頃、どう組織に貢献するか、自分の存在意義とは何かを必死で考えるこの組織に衝撃を受けた。
入部前、関学サッカー部に入る決断をした時、お前が試合に出れるわけがないと散々言われた。間違いない。当時、県2部を戦っていた高校出身で(現在3部)、3年になるまでAチームに上がることさえできなかったのだから。自分自身、自信があったわけではない。4年間Cチームかもしれないとか、そいうことは考えないようにしていた。考えたら悪いイメージしか浮かばなかったからだ。そんな中でもここに来ることを決めたのは、当時、関学サッカー部が4冠を成し遂げたから。プロサッカー選手になりたいという夢を叶えるために、大学サッカーを経てのプロ入りは中学時代から思い描いていたビジョンだ。
「なぜサッカーをしているのか」
プロサッカー選手になるという夢を叶えるため。

1年の時、最初はCチームにいて、案の定試合に出れずにいた。あまりに通用せずに真っ暗な上ヶ原を泣きながら走ったこともあった。結局シーズン最後はBチームの全国大会のスタンドでビデオを撮る係。準決勝で負けた。スタメンで出てた同期にそろそろ泣き止めと言ったら、この気持ちはお前にはわからないだろうと言われて自分が情けなさすぎて虚しかった。そのまま実家に帰った時、ベンチ外でビデオを撮るために宿泊代を払わせてしまったことが申し訳なく、両親にどんな顔を向ければいいのかわからなかった。それでもサッカーは辞めなかった。
「なぜサッカーをしているのか」
他にやることがないから。

2年になると運良くAチームに上がることができた。やっときたチャンス。必ずモノにすると思った矢先、骨折。 2ヶ月ぐらいでようやく治って復帰したら、その週に初先発。しかし、自分のところから幾度となくピンチをつくられる。初戦と次の試合に出て、その大会の決勝にはスタンドで応援に回っていた。流石に辞めようと部屋の片隅で泣きまくったが、結局練習に戻り、ガムシャラにやってなんとか後期からフル出場できた。
しかし、チームはインカレ出場を逃す。「なぜサッカーをしているのか」今年の悔しさを来年晴らすため。

3年になり、コンダクターになるためサッカーをやめる選択をした同期がいた。学年ミーティングを重ねるうちに、本気でなぜサッカーをしているのか、どう貢献するかを考えるようになった。チームメイトと深い話をするようになって、一層責任感が強まった分、自分のせいで失点するとより悔しく、申し訳なかった。

勝ち点1差で優勝を逃したリーグも、総理大臣杯を逃した関西選手権も、前日練習で怪我をするという情けなさすぎたインカレも、満足いくことは何もなかった。2年の悔しさを晴らすつもりが、さらに悔しい年になった。しかし、秋頃に自分が主将をすることが決まり、もはやこのサッカー人生は自分のものだけでは ないように思えてきた。ビジョンを考える過程で同期の熱い想いを目の当たりにした。インカレ初戦の応援のまとまりや下級生も必死になって声を出す姿に感動した。
そして遂にラストイヤーを迎えた。このくそったれなサッカー人生を捨てずにやってこれたのは、他でもない、支えてくれるみんなのおかげだ。自分一人ならとっくに辞めていた。下のカテゴリーでも、大怪我をしても、プレーヤーを辞めても、試合に出れなくても、もがきながら前に進む仲間がいるから、竹本将太はサッカーをしている。主将でいられる。本当に日本一になりたい。関学サッカー部全員で泣いて喜びたい。顔をぐちゃぐちゃにして、嬉しいのに涙が止まらなくて、これでもかと抱き合って、最後は笑いあって終わりたい。

「なぜサッカーをしているのか」
日本一になって、全員でその喜びを感じたいから。
だからサッカーをしている。だから主将をしている。
関学サッカー部は今年、日本一になる。

男子チーム 4回生 竹本将太

2018-12-31
「みんなへ」(藤原樹)

法政大のみなさん、日本一おめでとうございます。

そしてみんなの部員ブログ、めちゃくちゃ感動した。自分も思いをぶつけたいと考えていたが、まずは来年に繋げるためにも冷静に振り返ってみようと思う。

今年度の関学サッカー部は「共に闘う人の原動力であり続ける」という目的(チームのありたい姿)を掲げ、スタートした。
「共に闘う人」とは自分と共に闘う人全員、
「原動力」とは「自分も頑張らなきゃ」と思ってもらえるような姿勢や行動のこと、
「あり続ける」とは何度も原動力になるように挑戦することが自分たちを成長させてくれるという願い、である。

スタート当初は単なる言葉に過ぎなかったが、日を追うごとに「原動力」という言葉が関学サッカー部の多くのストーリーと重なり、自分たちにとってかけがえのないものへと成長していった。

例えば天皇杯。ガンバ戦での勝利。大学サッカーチームがJリーグチームを撃破してインパクトを与える、まさに自分たちが求めていた筋書きだった。ベンチでアップをしながら見ていた私は圧倒的少数のなか、チームの勝利を信じて応援し続けたメンバーと、その期待に応えようと死に物狂いで闘うピッチ上の11人が互いに原動力になっている姿をみて、鳥肌が立った。

この経験を通して、原動力とはどちらか一方的なものではなく、双方向的なものであると知った。

チームの中で考えると、公式戦すらないC2,C3チームの存在はチームに大きな原動力を与えたと思っている。C3最後の試合で、キャプテンの伊瀬からのアーリークロスを、同じく4年生小寺が豪快なヘディングシュートを上のカテゴリー相手に決めたシーンは、今でも忘れられない。2人が本当に悩んでいたことを知っているし、それでも努力していた姿もみていたので自分にとって大きな原動力だった。

彼らの姿から、上手い、下手とか、カテゴリーが上だとか下だとか関係ない。目の前のサッカーに本気で熱く取り組む姿に心を動かされるのだと学ばせてもらった。

そしてインカレにCBで出場していた粟田。4年生のスタートのとき、こいつはCチームだった。Bに上がったけど、すぐにCに落ちた。そしてもう一回Bに上がった。しかし、Iリーグは予選敗退が決定した。普通はここで引退がよぎる。なのにこいつは努力を続けた。その結果、最後の最後にAに上がってきた。インカレで負けた後に粟田を称えたけど、「Cからとか関係ないねん、出た奴が結果残さなあかんねん」って泣いていた。

原動力への道は地味で、しんどくて、心が折れそうになる日々の連続だ。それでも諦めずに闘い続けられた奴にチャンスがやってくる。粟田からそう教えてもらった。

確かに私たちが欲しかった日本一には届かなかった。でも自分たち4回生の生き様を後輩は目に焼き付けてくれたはずだし、果たせなかった目標は彼らが果たしてくれると信じている。

大学サッカーの本質は「揺れ動き」と向き合うことだと私は思っている。

私自身、この4年間は常に“なにかが欠けている”と思い知らされ、絶えず動揺してきた。

自分のプレーが通用しない。試合に出られない。
日本一になっても、それを知らない関学生がたくさんいる。
いいスタジアムで、試合ができるのにお客さんが全然いない。
来年自分はどうなるのかという漠然とした不安。

「本当にこのままでいいのかな?」この思いが何度も頭をよぎった。
それでも、自分のなかで「こうする」と腹を決めて前に進んできた。ここに価値があったと今思っている。

そして常に自問自答してきた、「何のためにここまでして大学サッカーを頑張りたいのか?」この答えを明確にすることが全てなんだと思う。

サッカーそのものが好きだから?
キャプテンだから?
就職に有利だから?

違う。関学サッカー部とそのメンバーが大好きだからだ。いい思いも、辛い思いも共にしてきた。先輩方の意志も引き継いできた。一生懸命みんなが頑張ってることも、この目で見てきた。だからなんとしてもこのチームを勝たせたかったし、全員を幸せにしたいと思ってやってきた。

みんなが俺の原動力だった。

俺のプレーは、見てて笑ってしまうほど不細工だったと思う。でもどんな姿を見せようと勝ちたかったんだ。それでみんなが喜んでくれると思ったから。

正直、法政大に負けて死ぬほど悔しい。本気で日本一とってみんなと喜びたかった。でも今年は日本一をとれるチームまで成長できなかった。だから来年は自分たちの学年の良いところと悪いところを客観的に分析して、来年の目標達成に繋げて欲しい。

最後にお礼を言わせてほしい。
今年の関学サッカー部と共に闘ってくれた皆さん。本当にありがとうございました。多くの方々に支えられて、応援されて毎日を過ごした時間は何にも変えられない宝物です。

後輩のみんな、本当にありがとう。上手くいかないことでみんなに迷惑かけて、申し訳なかった。だけど、みんなとこんなにも熱くなって、高みを目指して進んでいけることが楽しくて仕方がなかった。みんなが成長していくのを俺は楽しみにしているよ。

4回生のみんな。本当にありがとう。
問題児の俺を主将として受け入れてくれてありがとう。本音でぶつかり合って、励ましあって、高めあって、最高だった。
別々の道へ進むだろうけど、これからも原動力であり続けられたらと思ってる。

こんなチームで主将をすることができて幸せだった。これからも私は高みを目指し、ひたむきに努力し続ける。

男子チーム4回生藤原樹

2018-12-22
サンキューな!みんな!(南島彰人)

私の大学サッカー終了のホイッスルが、まもなく吹かれようとしている。「なじ〜!」と怒号を聞くのも無くなると思うと、少し寂しくも感じる。みんなと馬鹿したりするのも無くなると思うと、本当に寂しい…。
何より第4フィールドでみんなと汗水流しボールを追いかける事が無くなると思うと、泣きそうになる…。

私はサッカー部での4年間が本当に濃いものであったと感じる。1回生の頃、大きな自信を持ち入部するも、気がついたら1番下のカテゴリーにいた。2回生の頃は、Bチームですら中々試合に出れない日々が続き、3回生の時には、Iリーグで日本一を経験した(ちなみに、高校の時にも2回日本一になりました)。4回ではトップチームで試合に出場でき、インカレという舞台で戦う事ができている。苦難の方が多かった4年間ではあったが、私は「与えられた場所で全力を尽くす」この軸を大切に過ごした来た。これだけは自信を持って言える。

そうやって頑張れたのは、スタンドから聞こえる声援、Iリーグで頑張るみんな、KGリーグで頑張るみんな、そしてスタッフとして働いてるくれているみんながいたからだ。そんな姿こそが私の原動力であった。私が頑張れたのは間違いなく関学サッカー部があったからだ。最後は私がみんなの原動力となれるよう、いかなる立場であろうと全力を尽くす!
これが私のみんなへの感謝の体現である!

ありがとう関学!
ありがとうサッカー部!
ありがとう可愛い後輩たち!
ありがとう最高のスタッフ!
ありがとう最高の同期!

最後に言わせて欲しい。

サンキューな!みんな!

男子チーム4回生南島彰人

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