部員ブログ

2018-8-15
悔しさをバネに (福澤力)

 「あなたの高校生活はどうだった?」と聞かれたら、まずはじめに出てくる言葉は「辛かった」だ。それくらい、沢山の壁にぶつかり、自分にしか経験できない3年間だった。

 何よりもチームのことを考え、行動していた。そして、監督とも何度もぶつかった。1つ上の先輩が、全国大会ベスト4の成績を残してくれたことで、目標は明確だったが、同時に期待、注目もされた。目標のためにやるべきことを1つ1つやっていこうと、日々練習に励んだ。

 しかし、選手権前に膝を怪我してしまった。今までのことが、全て無駄になった気がした。それは人生で一番の挫折だった。だが、それまでの道のりを思い返すと、ここで諦められなかった。チームの練習に行き、その後、病院に行って、リハビリをする生活を続けた。選手権の予選に出るために必死だった。しかし、試合には出られなかった。チームも県予選の決勝で敗れ、全国大会に出場できず、先輩の記録を超えるという目標は達成できなかった。すごく自分を恨んだ。情けなく、悔しい気持ちしかなかった。

 でも、自分には関学でサッカーを続けるチャンスがあった。自分が成長でき、また上手くなれる環境がある。そこで自分がどれだけ出来るのか、どれだけ楽しめるのか、自分の限界までサッカーをしたいと思った。

 関学サッカー部に入部して5ヶ月がたった。「日本一」という目標に向かって、チーム一丸となって日々取り組んでいる。

 今はすごくサッカーが楽しい。なぜなら、いろいろな高校、Jユースから集まった素晴らしい技術を持った選手がたくさんいるからだ。みんなそれぞれ個性を持っていて、色々な経験をしている。その選手達から学ぶことはすごく多い。それらを身近で感じられるので、良いところは盗んでいきたい。これを繰り返す。自分でも考えつつ、1つ1つ自分のものにしていくことで、自分の可能性は無限大に広がっていくと思う。Aチームで試合に出て、活躍するために、努力を続けていく。そして、「自分の考えていることをプレーで表現できる選手」になるために、できることから1つずつやっていこうと思う。サッカー部の一員として目標に向かって精一杯頑張っていきたい。

男子チーム1回生 福澤力

2018-8-8
諦めません、勝つまでは (高濱うえら)

「優勝」
「日本一」
 この言葉を掲げて、もう7年目になる。

 私は高校からサッカー部のマネージャーとして、「優勝」を目指してきた。高校生活のすべてをかけて、勝つために必死でチームを支えることに徹したが、最後の大会でも「優勝」を勝ち取れなかった。悔しかった。今まで生きてきた中で、あの瞬間ほど絶望感を味わったことはない。

 しかし、「負けました」で終わることは考えられなかった。

 「なぜ勝てなかったのか」、「優勝するには何が必要だったのか」、「自分は本当にチームの力になれていただろうか」と引退した後も必死に考え続けた。

 そんな中、関学サッカー部がインカレで準優勝したのを知り、高校時代自分たちに何が足りなかったのか、優勝するには何が必要なのかを関学サッカー部で学び、もう一度「優勝」を目指したいと思った。「日本一」に挑戦する覚悟を決めた。

そんな想いを持って、がむしゃらに頑張ってきたが、今となって、高校生の自分には無かったものが沢山あったことに気づいた。

 その中で一番大きな違いは、関学サッカー部のマネージャーは、「選手の補助的な立場」ではなく、「主体的にマネジメントする立場」であることだ。自ら考え勝つために行動する。名前が違うだけで、1プレイヤーと同じ役割を果たしている。練習のサポート、チームの会計、用具の管理、事務作業、その他にも選手と同じく役職を持ち活動している。どんな些細なことでも勝ちに繋がると信じ、地道に努力する。これが関学サッカー部にしかないマネージャーの形であると思う。

 私はまだ日本一を成し遂げるために、必要なマネジメントを完璧に見つけられた訳ではない。そればかりか、年を重ねる度に、一勝への難しさを痛感している。しかし、サッカーをしていないこんな素人の私でも感じる、勝つために必要なものがある。それは「どれだけ多くの選手やスタッフが本気で勝ちたいと思い、勝負の瞬間まで努力し続けられるか」だと思う。「当たり前の努力」や「当たり前のことをこなすだけ」では日本一を成し遂げられないと思う。

 私達4回生には次はない。「難しかった」、「負けてしまった」では済ませられない。だからこそ、勝つまで絶対に諦めずに努力する。マネージャーとして日本一のチームの勝利の為に努力し、チームに貢献したいと思う。泥水を啜ってでも、このチームで必ず日本一を成し遂げる。

男子チーム4回生 高濱うえら

2018-8-1
天皇杯を終えて(柴田祐輔)

 7月11日 (水) 天皇杯3回戦、関学サッカー部は、東京ヴェルディに敗北を喫した。

 試合内容は決してプロに歯が立たなかったわけではない。何度もチャンスを作り出した。相手ゴールに迫る場面も多く、集中して守ることができていた。しかし結果としては、0-1に終わった。いくら内容が良くても、試合が終わればただの負け惜しみだ。

 試合終了後、応援スタンドにいた私の目に自然と涙が溢れた。自分が出ていない試合で、負けて涙を流すことは初めてだった。「Aチームで試合にも出ていないお前が、なんで泣いてんねん。」と思う人も居るかもしれない。

 しかし、藤原や竹本が闘志をむき出しに闘い、最後まで全力でプレーする姿を見て、自分も熱い気持ちになった。応援席ではあるが、ピッチの中で一緒に闘っている感覚になった。

 だからこそ、試合に負けて言葉では表せないほど悔しかった。

 兵庫に帰ってきた際にも、「ほんまに惜しかったな。もう少しやったな。」といった多くの言葉をかけていただいた。試合を見ている人からすれば、プロ相手によく頑張ったという試合だったのかもしれない。

 しかし自分の中で、本当にこのままでいいのかというモヤモヤがあった。このままだと、「あそこで決めてれば、あと少し頑張っていれば」といった後悔するチームで終わってしまうのではないだろうか。おそらく今の関学サッカー部の「共に闘う人の原動力であり続ける」という目的、男子チームと女子チームの目標も達成できないだろう。後悔をして終わらないためにも、関学サッカー部全体が今変わるべきだ。いや、関学サッカー部全体として今変わらなければならないのだ。

・一人ひとりが関学サッカー部である誇りと責任を再確認し、関学を背負って闘うという覚悟を示していかなくてはならない。
・共に闘う人の原動力であり続け、感動や幸せを運ぶためにも、結果にこだわり続けなければならない。
・もう一度チーム、個人としての隙や油断、甘さを見つめ直し、切磋琢磨し合わなければならない。

 もう悔し涙はいらない。

 今回味わった悔しさを結果や行動を通して、共に闘う人に感動や幸せを運び、関学サッカー部にとっての最高の瞬間に変えてやろう!

 そして個人としても、今回流した悔し涙を必ず嬉し涙に変えてやる。
 

男子チーム4回生 柴田祐輔

2018-7-10
思考は現実化する (宇都木峻)

 高校3年のときに、「思考は現実化する」という本に出会った。父親に勧められ、買ってもらった。

 この本は、「考えること」がどれだけ重要かを教えてくれた。人間は、それによって行動や環境を変えることができ、自らの運命を決定することができる。どんな思考をするかによって、「現実は良い方にも悪い方にも変わる」、といったことが書いてある。

 読んでいるときは、あまりピンとこなかった。だが、私の人生を振り返ってみると、まさにその通りだったなと実感する。

 高校に入学したとき、周りのレベルに圧倒され、試合に出るどころかAチームに上がることさえも厳しいなと感じた。「じゃあせめて最後の年だけは試合に出よう」という考えで過ごしていた。どうすればライバルに勝てるか考え続けた。その結果、3年になると同時にAチームに上がることができ、入学当初は勝てると思ってなかったライバルを抑え、試合に出られるようになった。しかし、逆にいえば、3年になってからしか出られなかった。「自分なんか試合に出られない」と端から決めつけ、1、2年の時から試合に出て、活躍するという思考を巡らせていなかったため、努力の量も自然と少なくなってしまっていたのだろう。

 それに気づいたから、大学では少しでも早くAチームで試合に出ると決めた。C2チームからのスタートだったが、自信はあった。なぜなら、高校のときに思考は現実化し、逆に思考しか現実化しなかった経験があったからである。上手な選手が多い中、私は自分にしかないものをアピールしていこうと考え、そのためにどうするかをベースに考え行動していた。すると3年になったときに試合に出られるようになった。これもまた現実化した。

 しかし、チームは勝てなかった。それはそうだろう。チームが勝つために自分はどうするかではなく、試合に出るための思考になり、行動していたからである。どれだけ自分勝手なことだっただろうか。情けなかった。ろくに活躍もできず、最後はメンバー外になり、シーズンを終えた。当然の報いであるといえる。

 私はもうこんな人間にはなりたくないと思い、最後の年を迎えた。
 
 私自身、彼女がほしいという小さな思考(一番大きい説)から、プロのピッチでプレーするという大きな思考まで持っている。今年それらを必ず現実化させる。

 もちろん、チームの目的、目標もだ。このままではだめだということを、阪南大学が教えてくれた。この夏もう一回、色々考えて、成長する必要がある。4回生全員には、今年の目的、残りの目標を全て達成するために考え続けてほしい。その思考が、関学を強くすると信じて。達成しなければならないことはまだたくさん残ってる。今年の4回生ならできるはずだ。何としても必ず、現実化させてみせよう。

男子チーム4回生 宇都木峻

2018-7-4
何かを背負うということ (林孝根)

 テレビや雑誌などで、「ワールドカップは国を背負って戦うもの」という表現を目にすることがある。私はその表現が大袈裟だと少し前まで思っていた。しかし、それは決して間違いではないと実感する出来事があった。

 先日私は、CONIFAワールドフットボールカップに在日コリアンの代表として参加させて頂いた。これはもうひとつのワールドカップと呼ばれ、サッカーの世界一を決める大会である。CONIFAとは、FIFAに加盟できない国や民族の人達が、サッカーを通して様々な文化にふれあい、繋がることを目的にしている連盟である。

 この大会には様々な民族が参加しており、普段一緒にサッカーをしていない在日コリアンの人達と試合をすることができた。非常に良い経験をさせてもらったと思っている。

 対戦するどのチームも1つのシュートや1つの競り合い、スライディングまで、自分達の民族のために身を削って戦っていた。

 そんな中、在日コリアン代表の若手選手は気持ちのこもったプレーができないでいた。第2戦が終わり、みんながロッカールームに集められた。そこで監督の安英学(アンヨンハ)さんが、「お前達は何を背負って戦っているんだ!」、「何のためにここで、在日コリアン代表としてサッカーをしているんだ!」と若手選手に怒号を飛ばした。安英学さんは、朝鮮民主主義人民共和国代表として、FIFAワールドカップ予選を戦い、44年振りに本戦出場を決め、本戦でもプレー経験がある在日コリアンサッカー界ではレジェンドとされている方だ。私は安英学さんの一言で、国や民族を背負って戦うのは、軽々しいものではないと身に染みて感じることが出来た。

 それからというもの、若手選手のプレーが見違えるようになり、観客の人達から素晴らしかったと賞賛をもらった。

 優勝することが出来なくて非常に残念だったが、結果よりも「何かを背負うということ」について学べ、考えられたので本当に良かったと思う。

 この大会を通して、思いを背負い、代表として試合に出るのは決して簡単ではなく、自分の全てをかけて戦わないといけないということを学んだ。

 そして次は、関学サッカー部の思いを背負って戦うことになる。試合に出たくても出られない選手や公式戦がない中、毎日きつい練習を乗り越える仲間や、自分のことのように勝利を喜んだり、負けを悔しがってくれる仲間の思いを背負って戦いたい。

 関学サッカー部は今年100周年を迎え、これまで様々な方々に支えられ成り立っている。また現在も、支えてくださっているOBの方々の思いを背負って戦わないといけない。これらの人達の思いを背負い、身を削り戦う。それがその人達の原動力になると思う。そして何としても、今年は日本一になって笑って終わりたい。そのためにも身を削り全ての思いを背負い戦いたい。

男子チーム4回生 林孝根

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