部員ブログ

2020-2-28
昨日の自分を超える(太田晃輔)

去年、準決勝で明治大学に負けてベスト4でインカレを終えた。その試合が終わると、周りも気にせずたくさん泣いた。こんなに泣いたのはいつぶりだっただろうか。インカレを通して、1試合も出場できなかった情けなさか、準決勝で負けた悔しさか、もう4年生とサッカーができない悲しさか、どの感情がそうさせたのかは自分でも分からない。

去年のチームは「日本一」を掲げて一年間戦ってきた。しかし、その日本一には届かなかった。ベスト4でも凄いという人はいると思うが、OBや大人スタッフ、現役を含む関学サッカー部に関わる人々からしたら物足りないと感じるだろう。では、どうしたら日本一は獲れるのだろうか。この問いを去年一年間、そしてインカレで負けてから考え続けていた。僕は、1年次にBチームに所属し、Iリーグ全国大会で日本一を経験しているものの、これまでAチームが日本一になったのを見たり、経験したりしていない。だから、日本一がどういうものでどれくらいの基準なのかは全くわからなかった。

去年すべてのタイトルを獲った明治大学と最後に戦ったことで日本一のプレー基準を知ることができたと思う。ベンチから見ていても、その差はとても大きいと痛感した。その基準に自分達が達したとして今年日本一は獲れるのか。どの大学もその基準以上を求めて毎日練習に励むと思う。これをやれば日本一になれるという確信的なものはどこにもないし、だれも知らないだろう。

日本一という漠然とした暗闇の中を走るような挑戦をしている中で頼りにできるのは自分しかいない。自分の中にしか測りはない。『昨日の自分を超えること』、これしか僕達が勝つためにできることはないのだと思う。もちろん、勝負の世界は競争であるため、周りと比べないといけない時もあるだろう。しかし、周りと比べるのは自分の現在地を知る時だけでいいのではないかと思う。周りと比べて落ち込む必要はないし、満足する必要もない。それよりも昨日の自分と比べてどうなのかを考える必要がある。誰もが弱い自分をわかっているし、やり続けることができない自分をわかっている。毎日もがき苦しみながら、その弱い自分に日々打ち勝つことが成長と言えるだろう。一本でも多く走る、一歩でも距離を詰める、一本でも多くシュートを打つ、一回でも考える回数を増やす。このちょっとした積み重ねが自分を大きく成長させ、このチームが終わる時に日本一を獲っているのだと信じたい。

人間は考える葦であると言われるように、考えて生きている。考えがあることによって、行動できている。そのため、考えを忘れたら行動できなくなる。日本一になるという考えを私生活のどこまで落とし込めるか。また、一人一人が関学サッカー部の一員であるという意識をどこまで持てるのか。これは、他の誰かが強要するものではないし、できない。自分で考えを忘れないように意識し続けないといけないし、それは必ず行動に現れるだろう。そして、誇れる自分、誇れる関学を創っていきたい。

僕は、関学サッカー部に入って、活動できていることに幸せを感じているし、正解だったと入部当初から思っている。これまで多くの選択肢がある中でその一つを選んで人生を送ってきた。そして、これからもより多くの選択肢の中から選んで人生を歩んでいくが、この世に正解なんてないと感じる。『自分が選んだ道を正解にしていくこと』が大切である。僕自身がより関学サッカー部で活動できたことが正解だったと感じられるように、そして部員全員が関学サッカー部を選んで良かった、正解だったと思ってもらえるように大学最後の一年、僕は覚悟を持って闘う。みんなで日本一を獲ろう。

2020-2-15
「関学サッカー部とは」(杉山天真)

3年前、プロの世界にいくことが出来なかった自分は、安堵した気持ちと少しの悔しさが入り混じる中、関西学院大学サッカー部に入部した。当時の自分は、先の見えない世界に足を踏み出す勇気がなく、プロを目指しながら滑りの効くチームでプレーしたい、という考えのもと関学を選んだ。

入部した当初はすぐにAチームに上げてもらい、公式戦にも出場することが出来ていた。あの頃は、常に自分のためだけにプレーしていたことを覚えている。自分が良ければそれでいい。自分が出ていなければ、チームの勝敗はどうでも良かった。そんな自分が入学当初、ずっと疑問だったことがあった。それは、”なんで下のカテゴリーの人達がこんなにAチームを応援できるん。なんでスタンドの先輩たちは知らん俺を応援してくれるんやろう。” 関学のエンブレムを背負い、Aチームでプレーする価値を理解できていなかった自分は1年の最後にはBチームに落ちる事となった。当然だった。今思うと、よくこんな選手をAチームで使ってくれていたなと思う。

Bチームに落ちるとすぐにIリーグの全国大会が控えていた。1年間死に物狂いで戦ってきたBチームの思いも知らず、Aチームだった自分は試合に出れると考えていた。しかし、蓋を開ければ、30人にも登録されず、偵察として帯同した。同じタイミングで落ちた青木駿はスタメンで自分はメンバー外。理解に苦しんだ。あの一週間は本当に地獄だった。それでも、与えられた役割は全うしようと、相手のビデオを撮り、帰って慣れない編集を行い、選手に伝える。それの繰り返しだった。チームは見事勝ち進み、日本一を掴んだ。スタンドで泣く4回生の姿を横目で見て、自分は何も感情が出てこなかった。そんな中、ホテルに戻ると、当時試合に出ていた4回生のある2人から、「お前のおかげで日本一になれた。ありがとう。」こんな感じの言葉をかけられた。その時初めて、自分がプレーする以外での貢献の仕方を学んだ。

2回生の1年間は、足首の手術もあり、半年間以上サッカーをすることが出来なかった。あの頃は、コンダクターミーティング(選手を辞めてスタッフになる選手を決めるミーティング)をやっていた事もあり、何のためにサッカーをしているのか。自分にとってサッカーとは何なのか、いやというほど考えた。また自分はこの組織にとってどんな存在価値があるのか。常に試合に出続けてきたサッカー人生において、初めてプレーヤーとしての価値を見失いかけていた。そして当時、サッカー選手を辞めようか一度は考えたが、1人のサッカー選手として、このまま終わってたまるか、という小さなプライドが続ける決断を後押ししてくれた。このプライドがなければ、今Aチームにいることは無かっただろう。今でもこの小さなプライドには感謝している。

そして1年前、怪我から復帰し、勝負の1年と意気込んでスタートしたシーズンだったが、自分のカテゴリーはC1チームだった。初めの頃は、すぐにBチームに上がって、Aチームで活躍してやる、と意気込んでいた。しかし、いつまで経っても声はかからない。そしてIリーグも始まり、試合会場では、かつての仲間から「何でCチームなん?」と聞かれ、返答に困っていた。この4ヶ月間は本当に苦しかったし、辛かった。1回生はどんどんBチームに上がっていってしまう。自分がAチームでプレーしているイメージがどんどん消えかかってきていた。それでも見返してやりたい、Aチームのピッチに戻りたいという気持ちだけで必死に自分を支えていた。そんな中、Aチームのサテライト戦に招集された。当時の自分にとって、この試合に懸けるしかなかった。この試合で活躍してもAチームに上がれるとは思っていなかったが、今の自分を90分間で表現するしかなかった。結果的には、この試合を機に、Aチームへ飛び級昇格することが出来た。それから、およそ2年ぶりにAチームのピッチに戻ることができ、後期の1節目には学生リーグでの初得点も記録した。この時の感情やスタンドの声援、景色は一生忘れる事はないだろう。この頃から、自分にとってプレーする事の捉え方が変わり始めていた。2年ぶりにAチームでプレーした事で、改めて本当に多くの人の支えがあって、今の自分があるんだなと思えるようになった。自分のプレーを通して、自分、そして関学に関わるすべての人たちの心を動かしたい。こんな風に思うようになっていった。

自分にしか興味がなく、マイペースでとっつきにくい自分が、大学サッカーを通して、常に周りを見て、相手の考え、価値観、感情を理解しようとし、人の心を動かしたいと思うようになるなんて、想像もしていなかった。人ってこんなにも変わるものなのかと、びっくりしている。それに加え、先の見えない世界に足を踏み出す勇気がなかった自分が、主将にまでなっている。

関学サッカー部には、多くの部員が所属し、そしてその一人一人にストーリーがある。ずっと思い通りのやつなんて誰1人いない。常に何かと戦いながら生きている。自分自身、この3年間で様々な経験をしてきたが、後悔している時期はどこにも無い。なぜなら、どんなに苦しくても常に考え続け、歩みを止める事はなかったからだ。だから、選手として這い上がることが出来たし、人として変わることが出来た。これこそ大学スポーツの価値だと思う。正直、普通に生活していたらこんな経験絶対にできないし、したくない。なんなら、自ら苦しみに行ってるようなものだとも思う。だけど、大学サッカーの魅力に気づき、関学サッカー部の魅力に惹かれていったから、今も所属し、主将にまでなったんだろうなと思う。

ひとりで生きている奴なんて、どこにもいない。ひとりで日本一を取れる奴なんて、どこにもいない。だけど、まず自分が誇れる人間になろうとしないと、誰も助けてはくれない。誰の心にも響かない。一人一人が自分の価値観や信念に従い、行動し続ける。そしてお互いを理解し合い、その個人と個人が繋がることで輪が生まれる。その輪が大きくなればなるほど、大きな力を生み、大きな成果を得ることができる。関学サッカー部はこんな組織で在りたい。

男子チーム 新4回生 杉山天真

2019-12-31
最後に伝えたいこと、これからの決意表明(竹本将太)

12月20日午前8時、最後の部員ブログを書いている。
目が覚めて、昨日の試合は夢だったのではないかと願う自分がいた。
意識が明瞭になり、スマホに届く「お疲れ様」というメッセージと、後輩からの寄せ書きが目に入り、現実だったと突きつけられる。

今年度、関学サッカー部は「目的」を廃して、「目標=日本一」だけを掲げて活動してきた。
それは、目的が目標の逃げ道にならない為だ。
日本一を獲れるかどうか、その一点が2019年度の真価であると言う覚悟をもって闘った。

だから練習前の円陣の時、繰り返し「日本一になるための練習をしよう」と語ってきた。
日本一という仮想の基準を設定してそれを乗り越えようと必死だった。実際にどれほどのインテンシティ、スピード、熱量が日本一になれる基準なのかは全くわからないままに。

昨日の試合後のミーティングで、「この経験を持ち帰ってチームに還元しよう」という話がコーチや4年生から後輩へ伝えられたと思う。だから僕も継承する。

最終的に日本一になるための積み重ねはできていた。前期は失点が多くて、それが後期には減った。試合の入りが改善され、インカレの3試合は立ち上がりで圧倒できた。どっちに勝利が転がってもおかしくない試合を落としていたが、立正大に粘り強く勝てた。

しかし、決勝に進むまでに成長速度が追いつかなかった。つまりこういうことだ。

「日本一になるための練習」ではなく、「いま日本一の練習をする」

将来日本一になるための今日であってはならない。
今日、他のすべての大学よりも、日本一闘い、声を出し、走り、質を求めなければならない。

それは個人でも同じだ。Aチームに上がりたいと望むなら、「いつか」Aチームに昇格するための練習をするのではなく、「いま」Aチームの基準で練習する。そしてそれは日本一よりはるかにイメージしやすい。日本一の基準は仮想になるが、Aの基準は週6回も見れる機会がある。

杉山天真が何を語り、本山遥がどのレベルでプレーしていて、山内舟征がインカレを機にどう変わったのかを知ればいい。
俺をA召集してくれという気概をもった人がいていいはずだ。

「今日、日本一である」

その刹那の連続の先に、結果として「日本一」が待っている。

林部晃己が、試合後「もうこんな悔しい思いはしたくないんで、来年必ず日本一とりましょう」と語った。
その気持ちを絶対に、絶対に忘れないで欲しい。

反省終わり。

ーーー

さて、これからの話をしよう。

僕たちはこれから、社会に出ていく。サッカーを続けたり、就職したり、進学する仲間もいる。
後輩たちもうっすら就活について考え出したり、漠然とした将来への期待や不満が心を覆っていくだろう。

どの道に進んでも、絶対に大切なことの話をする。

”なぜ僕らは努力し続けなければならないのか”

『日付が変わる前に寝て、8時間の睡眠ができる人は成功する』
睡眠とは身体の成長、精神の落ち着き、明日への活力をもたらす最高のツールだ。しかし、大学生にはそんな睡眠を妨害するものがたくさんある。夜中まで酒を飲んだり、ゲームをしたり、ネトフリに明け暮れるなど、楽しみに囲まれている。
スマホを閉じて、睡眠を優先できる人は、人生の優先順位を明確にでき、毎日の質を高め、自分を節する能力を持つ。

「努力は細部に宿る」と言うが、僕にとってあらゆる行動が同じ価値を持つ努力だ。

『読書は知識を増やすが、それだけで自身の価値を高めるわけではない』
読書をするかしないか、間違いなくするべきだ。1日10時間練習できるわけではないのだから、1時間の読書ぐらいできる。ただ、得た知識を左から右へと流して満足してはならない。
世の中には「考え続けよう」「話し合おう」という人がたくさんいるが、気をつけたほうがいい。
読書して、他人に差をつけた気になってはならない。

努力とは、行動して始まる。

『就活の軸ほど無駄なものはない』
就職活動の際、就活の軸やらモチベーショングラフやらを書かされる。仕事とは、幸せに生きるためのひとつの選択肢だ。就活の軸とは、所詮は就職希望先に沿った軸だ。自己分析とは、
「人生の軸」を見つける道のりである。そしてそれを見つける過程は「大学サッカー」に隠れている。サッカーと就活のどちらか、もしくは両立など、二項対立を前提に考えるべきじゃない。

何かひとつ努力すれば、別の何かにも必ずプラスになる。

『未来と過去は我々の頭の中の世界である』
またこれか、と思われるだろうが今日も伝える。過去の価値は、いまの自分が決める。挫折が悪夢になるかいい経験になるかはいまの自分が決定する。不安な過去はいまの自分が作り出す虚像であり、現実ではない。そして未来もいまの自分によって如何様にも変わる。

「いま、ここ」を全力で生きる以外に僕らにできる努力は何もない。

『エルメスに幸福は売っていない』
大学生になって、初めてブランド品を手にしてみた。「だからなんだ」と今は思う。学年を重ねるごとに物欲は消えていった。承認欲求に生きても、欲望に終わりは訪れない。承認欲求を満たし続ける事は幸福ではなく、不幸の一時停止に他ならない。

承認欲求から脱却し、自己実現ドリブンの生き方であれば、努力し続け、熱量に溢れた人生になる。

『誰のためにサッカーをするのか』
サッカーが監督の承認を求める行為になると苦しくなる。
監督の承認ためにサッカーをするのと、監督に選んでもらえるよう頑張ることはまるで違う。相手があなたをどう思うか、どう評価するかは相手が判断することで、あなたの課題ではないから介入できない。
「誰かのために」とは素敵なことだ。
しかし、誰かの承認を求めてしまうと、その誰かの期待する人生を送らなければならなくなる。
誰かの存在が原動力という考えと、誰かの承認を求めることは、全く違う。

「自分のために」とは、実は最も努力が必要な生き方だ。

『昨日より今日、今日より明日、より良くなる』
闇雲にトレーニングを積むのは自己満足に過ぎない。昨日できなかったシュートが今日は入る。通せなかったパスを通せる。挙げられなかった重量で筋トレができるようになる。

努力とはつまりはそういうことであり、ここに生きる喜びがある。

『人のせいにしてはならない』
子供の頃、両親から怒られるのは人のせいにした時だった。
関学サッカー部ではこれを「自分にベクトルを向ける」と言う。組織についてでも、個人でもこれができるかどうかで挫折や失敗から得られる経験が180度変わる。
DFだろうと、スコアレスドローに終われば、セットで得点できたはず。

外ではなく、内向きベクトルになったところから、努力が始まるのだ。

『勇気はあるかと問われている』
他人の幸せが目的ではなく、自分の幸せに向かった結果、誰かの幸せに繋がったらそんなに嬉しい事はない。
自分の幸せを生きる勇気とは、いますぐスマホを閉じる勇気、自分にベクトルを向け、承認から脱却し、過去と未来を捨て、ただひたすらに「いまここ、この瞬間」という刹那を全力で生きる勇気だ。

勇気をもって生きていく、それが努力である。

『幸せとは何かのゴールではない』
幸せが何かしらのゴールだと思っているといつまでも幸せはやってこない。日本一に向かってすべてをかけてきても、引退した次の日にはまた変わらず一日がはじまる。何かを達成してもまたすぐ次の目標が待っている。

日本一に向かって努力し続ける日々が、幸せなのだ。
この4年間、毎日が本当に楽しかった。幸せだった。

なぜ大学サッカーをしているのか。
なぜ関学なのか。
なぜサッカーを続けるのか。
なぜ生きているのか。

この4年間で確信した。幸せであるためだ。
それも他人の幸せではない。自分の幸せを生きるためだ。

幸せ「になる」のではなく幸せ「である」

そして、「幸せである」とは、努力し続ける毎日だ。
毎日学校に行ったり、会社に行って苦労しているからこそ、夏休みは楽しいし、華金の酒は美味い。(知らんけど)

それと同じように、挫折し、失敗し、苦心する毎日が、僕たちの人生の色彩を豊かにしていく。

だから僕たちは努力し続けなければならない。
いつか人生という物語を終える時、幸せな日々だったと思えるように。

ーーー

共に闘った全ての仲間が、幸せであり続けることを願います。

そして、僕の毎日を素敵な日々にしてくれた仲間たちに心から感謝します。
ありがとうございました。

男子チーム 4回生 竹本将太

2019-12-30
今、想うこと(山本悠樹)

この部員ブログは明治大学に負けた帰りのバスで書き始めました。
これが今の想いです。

必死で駆け抜けた4年間だった。
1年の頃は本当に毎日ついていくのに精一杯で、本当にただただ毎日サッカーしてた。
2年になると責任とか重圧とか期待とか感じるようになって、関学サッカー部を背負う苦しさを知った。結果が出ない苦しさも知った。
3年になって初めて日本一が見えた。法政に負けたあの試合で、確実に日本一がそこにあることを知った。そこにはあるが、届かない日本一がそこにあった。

そして4年になり副将になり、一年がスタートした。
苦しいことだらけの一年だった。不甲斐ない姿も見せたかもしれない。誇れる姿ばかりではなかったかもしれない。強い関学ではなかったかもしれない。
それでも僕の在るべき姿は必死で日本一のためにピッチで戦い続けることだったし結果を残し続けることだったし前を向いてどんな時も歩みを止めないことだった。
そう信じて最後の一年を駆け抜けた。

結果は出なかった。
日本一にはなれなかった。結果が全て。勝ち負けの世界。言い訳なんてない。
もっとやれることがあったしやるべきことがあったし足りない何かがそこにはあった。
もしかしたらそれは明治大学戦の後に早崎さんがおっしゃったことかもしれないし、またそれとは別のことかもしれない。ただ僕たちは日本一になれなかった。
すごく責任を感じている。

日本一って何なのだろう。
僕たちは日本一を知らない。
日本一になった時、僕たちは何を思うのだろう。
きっと嬉しいことは想像できる。けどなった奴にしか見えない景色があって辿り着けない感情があって得られない何かがきっとある。
日本一にならないと得られない何かが僕たちをこれだけ熱中させるし、悔しさも苦しみもも乗り越える糧となる。
そして日本一の瞬間やそれまでの過程が、これからの歩みを色濃く輝かせてくれると信じているし、何よりそうやって目指してきた時間はかけがえのないものだった。
価値ある時間だった。そう思う。

大学サッカーは人生の財産になる可能性を秘めている。
壁になんて幾度となくぶつかる。苦しいことの方が多い。もともと人間は楽しいことは忘れやすく苦しいことはいつまでも覚えるようにできていると何かの本で読んだ。
苦しんでいる自分から逃げてはいけないし人のせいにしても何も変わらないし苦しい時は泣いてまた頑張ればいいけど、絶対に投げ出してはいけないなんて分かってるけど投げ出す弱い自分に自分自身は絶対に気づいているし。
常に自分と葛藤する日々だと思う。
自分に打ち勝つ一瞬の積み重ねが成長であり、今後の自分になる。
大学に来てよかったと思えるのはプロや高校では教えてくれないことに自分で気づけたから。
みんなそれぞれに抱える事情や悩みは必ずある。
自分だけが苦しいとか一番辛いとかそんなことはないし、苦しくても黙ってそれでも頑張って生きている奴がいっぱいいる。
そしてそんなみんなの姿勢に言動に助けられたし、それが僕の頑張れる理由になっていた。
だからこそ僕も進み続けてきた。苦しくても前を向いてきた。
そうやって過ごした4年間は意義ある毎日だったと、今は思える。

僕の大学サッカーは色濃い日々になりました。ここでは伝え切れないほどの感謝があります。

後輩たち。たくさんの応援をいつもありがとう。
これからの関学を作るのは自分だと思える人に結果はついてきます。

Aチーム。もう少しみんなとサッカーがしたかった。
日に日にたくましくなっていくみんなが大好きだったしそんな毎日が幸せでした。
無茶ばかり要求したし気も遣わせたと思う。それでも慕ってくれてついてきてくれてありがとう。
勝てなかった現実から目を背けず、人のせいにせず、また頑張れ。

同期。長くなるので少しだけ。
日本一になれなくてごめん。それと4年間本当にありがとう。
関学に来てよかったと心から思います。

そして両親。関西リーグもよく見にきてくれてインカレは全試合東京まで見にきてくれて、照れくさい日もあったけど全部気づいてました。
サッカーに本気になれない時期もあったと思う。弱い一面をみせたこともあったと思う。素直になれないことの方が多かったと思う。
それでもぶつかってくれて見守ってくれて応援してくれたから僕はここにいます。
ありがとう。また次のステージで頑張ります。

最後に。

「強い人間は強い人間のことしか理解できない。弱い人間は弱い人間のことを理解することができる。さらに弱い人間は強がる振りもできて、結果的にその過程で弱い人間を騙すこともできれば、運良く強い人間を騙すこともできる。要は弱さはありとあらゆる形で売りになる。弱さは優しさ。弱くても強くあれる。物事は自分次第でどうにでもなる。」

みんなに期待しています。

男子チーム 4回生 山本悠樹

2019-12-26
私の色(垂井優奈)

「日本一」ただその言葉に惹かれて入部を決めた。

私は小学6年生の時新体操で全国大会に出場したものの悔いの残る結果に終わり、中学校入学と同時に約10年続けた新体操をやめた。中学生の時はバレエスクールに通い、外のスポーツとは無縁の生活を送っていた。友達から誘われたのをきっかけに高校で初めてマネージャーとしてサッカーに関わった。決して強い学校ではなかったが、サポートする側でスポーツに関わる楽しさを知った。

大学に入学し「高校の時もやっていたから」そんな簡単な理由で参加した説明会。「日本一」今まで目指したことがない私にとってこの言葉がピンと来ず、でもこの言葉だけが頭に残っていた。1週間の体験で実際に空気を感じこの部活に入りたい、そう思った。

ジャージで登校することに抵抗もなくなった今の生活は思い描いていた大学生活とはかけ離れていて、周りの友達を羨ましく思うこともある。

部活で忙しく感じている生活にただ満足しているだけではないか、将来のためにもっとするべきことがあるのではないか。
部活を辞めようと真剣に考えたこともある。でも今考えるとその選択は自分にとって逃げ道だったのではと思う。「進みたい方に進めばいい、でもやめたら後悔すると思うよ」先輩の言葉にたくさん悩んだ。だけど4年間やりきった先輩の話す姿はとても輝いていた。2年が経とうとしている今、続ける選択をした自分に後悔したことはない。

「カテゴリーの色はマネージャーによって決まる。」新シーズンが始まった時にはるなさんに言われたこの言葉にワクワクしたのを覚えている。1年を通して私はC1チームに良い影響を与えられただろうか。悔しい結果に終わったアイリーグ、もっと自分にできることがあったのではないか。今シーズン、初めて1人で公式戦のあるチームに帯同した。責任感だけでなく夏のあげ日や二部練で何度も折れそうになったけどその度にC1の選手に救われた。

しんどい時も声を出し続ける姿。
試合で勝つため、1つでも上のカテゴリーにあがるためにひたむきに努力を続けている姿。
悩んでいる仲間と向き合い励まし合っている姿。
試合に勝って喜び合う姿。
仲間を真剣に応援している姿。

どんな些細な姿も私にとっては原動力であった。それぞれの持つサッカーに対する熱い想いに負けないぐらい自分も頑張ろうと思えた。助けられてばかりの私はまだまだ未熟だ。マネージャーだからって負けていられない。

夜遅くに連絡しても相談に乗ってくれる友達、どんな時もそっと見守って応援してくれる家族。私を支えてくれているすべての人に高校生までとは違う強くなった自分を見てもらいたい。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

男子チーム 2回生 垂井優奈

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