部員ブログ

2019-11-8
私の支え(山崎愛)

私は幼稚園の時、好きな男の子がサッカーをしていたからという理由でサッカーを始め、今日まで17年間サッカーを続けてきました。
小・中学校ではひたすらドリブルをするようなチームで男子の中に混ざり日々ボールを触っていました。

高校時代、頭の中はサッカーだらけで辞めるという選択肢はありませんでした。でも一度だけでサッカーを辞めようと思った時期がありました。
それは大学3回生に上がる前。サッカー以外に将来を見据え、他にやりたいことを見つけたから、とその当時は思っていましたが最近色んな人と話していく中であの時辞めたかった一番の理由は、違っていたのかなと思います。
私は、中学でも全国大会を何度か経験し、高校でも毎年全国大会に出場し、私たちの代では初のインターハイにも出場しました。ですが大学では中々結果が出ず、自分の無力感に気づかされ、またチームに対して何も貢献している実感がなく存在価値がない、私の代わりなんていくらでもいると感じ、その環境から逃げようとしていたのだと気づきました。それと同時に、存在価値を見出せるほど私は必死にサッカーやチームに向き合っていなかったことにも気づきました。
それでも親身になって話を聞いてくれた先輩方、必要としてくれた後輩、そして沢山迷惑をかけたのにずっとそばで支えてくれた同期。
私はもっと「今」を大事にしようと思いました。私の周りにはこんなに心強くて素敵な仲間がいる、私はこの人たちのためにもっと頑張ろう、もっと強くなろう、と思い今もサッカー部の活動に励んでいます。個性豊かでしっかりと自分を持っている、真面目で一生懸命で私にはないものをたくさん持っている仲間たちから日々刺激もらっています。この仲間がいてくれたから今もサッカーが出来ている。本当に感謝しかないです。
私は4年間でこんな素敵なメンバーに出逢い、一緒に大好きなサッカーが出来ています。

私は、この仲間のために最後まで全力で闘い抜きます。

女子チーム 4回生 山崎愛

2019-11-6
大器晩成(幸創也)

私は遅咲きだと信じている。現在C2チームに所属している私は、決して満足できる状況ではない。4月入部の同期が着々とステップアップしている中で、入部前に思い描いていた自分とのギャップに日々焦るばかりである。

タイトルの「大器晩成」だが、これは大物になるには時間が掛かるといった意味や、遅咲きの花という意味がある言葉だ。これまでのサッカー人生を振り返ると、早咲きと言える私がこの言葉を口にするのは、確信なのか希望なのか、それは私自身にもわからない。幼い頃からサッカーをしていた私は、小学生の頃、思い通りにプレーが出来ていた。県優勝や年間優秀選手、ナショナルトレセンなどを経験し、このままうまくいくと思っていた。しかし、中学生になり周りとの差が生まれ始めた。体の問題である。そこだけが理由ではないが体格に恵まれなかった私は、中学、高校と自分の思うような活躍や成績を残すことはできなかった。大学サッカーでも一番下のカテゴリーに所属し、公式戦がほとんどない中で、練習試合があっても呼ばれないことは多々ある。そんなうまくいかない現状を打開するために、誰にも負けない何かが必要であると強く感じた。自分のストロングポイントはボールコントロールとアジリティだと考えているが、もっとシンプルで明確なものがある。

それはサッカーが好きだという気持ちだ。

主将の竹本君と1on1ミーティングをしたときに、「昨日の自分よりもうまくなるために努力すること、サッカーがただ純粋に好きだという気持ちが大切だ。」とおっしゃっていた。私はこれまでサッカーを続けてきて、たくさん悔しくて辛い思いをしてきた。小学生の頃に一学年上の試合に呼ばれなかった時、中学三年生になってBチームに落とされた時、インターハイのベンチメンバーから外れた時、残り8分で二点差を追いつかれ、最後の選手権が終わった時、しかし私はどんなときもサッカーが好きだった。より深い戦術理解やチームワーク、個人の力、ハードワークなど様々な能力が求められる大学サッカーだからこそ、サッカーが好きだという強い気持ちでもう一度花を咲かせたい。

男子チーム 1回生 幸創也

2019-11-1
話すことの大切さ(廣瀬龍弥)

今回部員ブログを書かせてもらう一回生の廣瀬龍弥です。今回関学サッカー部に入って半年くらいですが思った事を書きたいと思います。

私の19年の人生がほぼサッカーをして過ごしてきたのは間違いないだろう。そして関学サッカー部がこれまで所属してきたチームの中で一番レベルの高い集団であるのも間違いない。これまでの高いレベルをなぜ毎年のように維持できるのかが疑問でならなかった。私はこんな風に見えて高校でキャプテンをしていた。高校一年の時、選手権で全国ベスト4という記録を先輩たちが残した。とても誇らしく見えた。自分達もあの舞台まで行きたい。そう思って3年になった時キャプテンになったのだ。

しかしキャプテンになってからは戸惑いの連続だった。BチームやCチームの3年生などが向上心を持って練習に取り組まなくなってしまったのだ。私の気持ちを言語化してもどうせ伝わらないからプレーで背中を引っ張っていこうとその時は考えていた。しかしまずそこが間違っていたのだ。

大学の遠征の夜のミーティングでは喋りすぎやろって思うくらいみんなが発言する。みんなが自分の意見を他に伝えたくてたまらないのだ。もちろん関西人だからっていうのもあるがそれにしてもみんなよく喋る。結論まとまらない。当たり前だ。十何人の一人一人の意見がまとまるのは奇跡だ。しかし私はそれでもいいんじゃないかと思っている。色々な意見があることでそれを改善するために向上心を持ってみんなが取り組む。ずっと成長し続ける。あ、だから強いんだ。私はこんな簡単な事に高校の時に気づく事が出来なかった。いい試合をした日のミーティングは短かった。もっと、みんなの意見を伝える事によってもっと強くなれたのに。だけどそんな後悔を今してもしょうがない。だからこの関学で自分の意見をもっと発信していきたい。一回生なりの意見をぶつけていきたい。そして関学サッカー部の廣瀬龍弥として成長している姿を応援してくれている家族、高校の先生達、関係者の方々に見せていきたい。

拙い文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

男子チーム 1回生 廣瀬龍弥

2019-10-28
影響力(馬場奈都子)

私が関学サッカー部に入部してから約1年半が過ぎた。私の学年は選手が私1人とスタッフ2人という少し変わった構成である。

1回生の頃は選手が1人という不安はあったが、何より新たな地でサッカーをすることが楽しかった。2回生になり後輩ができ、大学生活やサッカー部にも慣れ、私は次のことを考えるようになった。
「私はこのチームにどんな影響を与えているのか。」
正直私がこれを答えるのは難しい。周りの人がどう思っているかもわからない。しかし、考えるのをやめてしまったらただこのチームでサッカーをしているだけになると思う。男子チームの日本一、女子チームの秋リーグでの1部昇格という目標に自分に出来ることは何なのか考えて行動していく。どれだけ自分がチームのために動けるかそれは自分のためでもあるし、自分で自分の存在価値を見出すためである。

最後に、女子チームは春リーグで1部から2部に降格してしまい、秋リーグは2部で戦っている。まだまだ結果が出ていない。4回生になった時、私のプレーの波が激しかったら絶対後輩はついてこないし、女子チームの結果にも繋がらない。私のプレーにかかっている。どれだけプレーで影響を与えれるか。全ては私にかかっている。これを日々の練習で自分自身に言い聞かせ、あと2年半の大学サッカーを悔いのないようにプレーする。

拙い文章でしたが、お読みいただきありがとうございました。

女子チーム 2回生 馬場奈都子

2019-10-24
泥臭く、粘り強く(五十嵐涼矢)

「ゴリッ」
左肩に強い違和感が走った。
あ、左肩もか。
左肩を脱臼した。
右肩が治ったところなのに、またリハビリをしないといけないのか。
私は大学で怪我を多く経験した。

サッカーをしていると壁にぶつかることはあるし、サッカーをしていなくても人生の壁にぶつかることはあると思う。

私が経験した壁はいくつかあるが、今回は、その1つである怪我について書いていきたいと思う。以下に経験した主な怪我をまとめてみた。

高校時代 脛骨を骨折して手術 全治6か月
大学1年生の10月に腰椎椎間板ヘルニアを受傷し手術 全治10か月
大学2年生の9月に右肩の反復脱臼により手術 全治6か月
大学4年生の8月に左肩脱臼 全治1か月半

サッカーをしていなければ、これほど多くの怪我を経験することはないし、手術を3度することはなかったと怪我をするたびに思う。これらの怪我は私の壁として立ちはだかってきたが、私に最も大きな影響を与えたのは、大学一年生の際に腰椎椎間板ヘルニアになった経験である。

ヘルニアだと診断され、当初は保存療法で様子を見た。受傷から約三か月後には回復したため、練習に参加した。ようやく、サッカーが出来ると喜びに浸りながら、ボール回しに参加した。しかし、練習後、腰に激痛が走った。振り出しに戻った。受傷後6か月が何も変わらず過ぎていった。酷い時は、家で洗濯物を干そうと立ち上がっても、すぐに腰が痛くなるので、ベッドの上に横にならなければならなかった。このような状況なので、グラウンドに行っても、ただ練習を見学することしかできなかった。怪我は一向に回復せず、リハビリは地味で、つまらない。今までサッカーしかしてこなかった私からサッカーがなくなれば何が残るのかと考えることもあった。それは、とても耐え難い日々だった。

それでも、諦めず前に進めたのは、家族や友人、リハビリの先生、医者、トレーナー、サッカー部の仲間など多くの人の支えがあったからだ。特に、サッカー部の同期とのビブスじゃんけんや他愛もない話をしながら一緒に帰る時間は私の心の大きな支えになった。なぜなら、仲間と同じ時間を共有している時が私にとって怪我のことを忘れられる唯一の時間であり、楽しかったからだ。皆にとっては普通の日常だったかもしれないが、私にとってはその時間は何にも変えられない時間だった。

しかし、怪我というものは自分自身の問題であり、周りが支えてくれることはあっても、最終的には自分で治さないといけない。だから、徹底的に自分と向き合った。そして、分からないことがあれば、医者やリハビリの先生に聞き、不安や悩みを一つずつ解決した。リハビリは、取り組んでも、すぐに成果は出ないし、逆に少し手を抜いてもすぐに支障が出ることもない。ならば、リハビリに価値がないのか。いや、そうではない。リハビリに価値がないと決めて、今日やらなければ、そのリハビリによって生み出される可能性はゼロになる。だから、その可能性を信じてリハビリに取り組んだ。

最終的には、手術をして、受傷後10か月を経て復帰することができたが、この経験で、人は一人では生きていけないと改めて強く感じた。苦しい時に支えてくれる仲間の存在の大きさを感じ、この繋がりは大切だと感じた。そして、粘り強く取り組むこと。これらのことを学ぶことができた。

私のブログが記載された頃には、左肩脱臼の怪我を治し競技復帰していると思う。サッカー部にいる皆も今までいろいろな経験をしてきたと思う。一人一人に特別な思いがある。それをグラウンドの上で、グラウンドの外で、それぞれが置かれている立場で表現し、前に進まなければならない。かっこよくなくていい。粘り強く、泥臭く。

男子チーム 4回生 五十嵐涼矢

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