部員ブログ

2018-8-8
諦めません、勝つまでは (高濱うえら)

「優勝」
「日本一」
 この言葉を掲げて、もう7年目になる。

 私は高校からサッカー部のマネージャーとして、「優勝」を目指してきた。高校生活のすべてをかけて、勝つために必死でチームを支えることに徹したが、最後の大会でも「優勝」を勝ち取れなかった。悔しかった。今まで生きてきた中で、あの瞬間ほど絶望感を味わったことはない。

 しかし、「負けました」で終わることは考えられなかった。

 「なぜ勝てなかったのか」、「優勝するには何が必要だったのか」、「自分は本当にチームの力になれていただろうか」と引退した後も必死に考え続けた。

 そんな中、関学サッカー部がインカレで準優勝したのを知り、高校時代自分たちに何が足りなかったのか、優勝するには何が必要なのかを関学サッカー部で学び、もう一度「優勝」を目指したいと思った。「日本一」に挑戦する覚悟を決めた。

そんな想いを持って、がむしゃらに頑張ってきたが、今となって、高校生の自分には無かったものが沢山あったことに気づいた。

 その中で一番大きな違いは、関学サッカー部のマネージャーは、「選手の補助的な立場」ではなく、「主体的にマネジメントする立場」であることだ。自ら考え勝つために行動する。名前が違うだけで、1プレイヤーと同じ役割を果たしている。練習のサポート、チームの会計、用具の管理、事務作業、その他にも選手と同じく役職を持ち活動している。どんな些細なことでも勝ちに繋がると信じ、地道に努力する。これが関学サッカー部にしかないマネージャーの形であると思う。

 私はまだ日本一を成し遂げるために、必要なマネジメントを完璧に見つけられた訳ではない。そればかりか、年を重ねる度に、一勝への難しさを痛感している。しかし、サッカーをしていないこんな素人の私でも感じる、勝つために必要なものがある。それは「どれだけ多くの選手やスタッフが本気で勝ちたいと思い、勝負の瞬間まで努力し続けられるか」だと思う。「当たり前の努力」や「当たり前のことをこなすだけ」では日本一を成し遂げられないと思う。

 私達4回生には次はない。「難しかった」、「負けてしまった」では済ませられない。だからこそ、勝つまで絶対に諦めずに努力する。マネージャーとして日本一のチームの勝利の為に努力し、チームに貢献したいと思う。泥水を啜ってでも、このチームで必ず日本一を成し遂げる。

男子チーム4回生 高濱うえら

2018-8-1
天皇杯を終えて(柴田祐輔)

 7月11日 (水) 天皇杯3回戦、関学サッカー部は、東京ヴェルディに敗北を喫した。

 試合内容は決してプロに歯が立たなかったわけではない。何度もチャンスを作り出した。相手ゴールに迫る場面も多く、集中して守ることができていた。しかし結果としては、0-1に終わった。いくら内容が良くても、試合が終わればただの負け惜しみだ。

 試合終了後、応援スタンドにいた私の目に自然と涙が溢れた。自分が出ていない試合で、負けて涙を流すことは初めてだった。「Aチームで試合にも出ていないお前が、なんで泣いてんねん。」と思う人も居るかもしれない。

 しかし、藤原や竹本が闘志をむき出しに闘い、最後まで全力でプレーする姿を見て、自分も熱い気持ちになった。応援席ではあるが、ピッチの中で一緒に闘っている感覚になった。

 だからこそ、試合に負けて言葉では表せないほど悔しかった。

 兵庫に帰ってきた際にも、「ほんまに惜しかったな。もう少しやったな。」といった多くの言葉をかけていただいた。試合を見ている人からすれば、プロ相手によく頑張ったという試合だったのかもしれない。

 しかし自分の中で、本当にこのままでいいのかというモヤモヤがあった。このままだと、「あそこで決めてれば、あと少し頑張っていれば」といった後悔するチームで終わってしまうのではないだろうか。おそらく今の関学サッカー部の「共に闘う人の原動力であり続ける」という目的、男子チームと女子チームの目標も達成できないだろう。後悔をして終わらないためにも、関学サッカー部全体が今変わるべきだ。いや、関学サッカー部全体として今変わらなければならないのだ。

・一人ひとりが関学サッカー部である誇りと責任を再確認し、関学を背負って闘うという覚悟を示していかなくてはならない。
・共に闘う人の原動力であり続け、感動や幸せを運ぶためにも、結果にこだわり続けなければならない。
・もう一度チーム、個人としての隙や油断、甘さを見つめ直し、切磋琢磨し合わなければならない。

 もう悔し涙はいらない。

 今回味わった悔しさを結果や行動を通して、共に闘う人に感動や幸せを運び、関学サッカー部にとっての最高の瞬間に変えてやろう!

 そして個人としても、今回流した悔し涙を必ず嬉し涙に変えてやる。
 

男子チーム4回生 柴田祐輔

2018-7-10
思考は現実化する (宇都木峻)

 高校3年のときに、「思考は現実化する」という本に出会った。父親に勧められ、買ってもらった。

 この本は、「考えること」がどれだけ重要かを教えてくれた。人間は、それによって行動や環境を変えることができ、自らの運命を決定することができる。どんな思考をするかによって、「現実は良い方にも悪い方にも変わる」、といったことが書いてある。

 読んでいるときは、あまりピンとこなかった。だが、私の人生を振り返ってみると、まさにその通りだったなと実感する。

 高校に入学したとき、周りのレベルに圧倒され、試合に出るどころかAチームに上がることさえも厳しいなと感じた。「じゃあせめて最後の年だけは試合に出よう」という考えで過ごしていた。どうすればライバルに勝てるか考え続けた。その結果、3年になると同時にAチームに上がることができ、入学当初は勝てると思ってなかったライバルを抑え、試合に出られるようになった。しかし、逆にいえば、3年になってからしか出られなかった。「自分なんか試合に出られない」と端から決めつけ、1、2年の時から試合に出て、活躍するという思考を巡らせていなかったため、努力の量も自然と少なくなってしまっていたのだろう。

 それに気づいたから、大学では少しでも早くAチームで試合に出ると決めた。C2チームからのスタートだったが、自信はあった。なぜなら、高校のときに思考は現実化し、逆に思考しか現実化しなかった経験があったからである。上手な選手が多い中、私は自分にしかないものをアピールしていこうと考え、そのためにどうするかをベースに考え行動していた。すると3年になったときに試合に出られるようになった。これもまた現実化した。

 しかし、チームは勝てなかった。それはそうだろう。チームが勝つために自分はどうするかではなく、試合に出るための思考になり、行動していたからである。どれだけ自分勝手なことだっただろうか。情けなかった。ろくに活躍もできず、最後はメンバー外になり、シーズンを終えた。当然の報いであるといえる。

 私はもうこんな人間にはなりたくないと思い、最後の年を迎えた。
 
 私自身、彼女がほしいという小さな思考(一番大きい説)から、プロのピッチでプレーするという大きな思考まで持っている。今年それらを必ず現実化させる。

 もちろん、チームの目的、目標もだ。このままではだめだということを、阪南大学が教えてくれた。この夏もう一回、色々考えて、成長する必要がある。4回生全員には、今年の目的、残りの目標を全て達成するために考え続けてほしい。その思考が、関学を強くすると信じて。達成しなければならないことはまだたくさん残ってる。今年の4回生ならできるはずだ。何としても必ず、現実化させてみせよう。

男子チーム4回生 宇都木峻

2018-7-4
何かを背負うということ (林孝根)

 テレビや雑誌などで、「ワールドカップは国を背負って戦うもの」という表現を目にすることがある。私はその表現が大袈裟だと少し前まで思っていた。しかし、それは決して間違いではないと実感する出来事があった。

 先日私は、CONIFAワールドフットボールカップに在日コリアンの代表として参加させて頂いた。これはもうひとつのワールドカップと呼ばれ、サッカーの世界一を決める大会である。CONIFAとは、FIFAに加盟できない国や民族の人達が、サッカーを通して様々な文化にふれあい、繋がることを目的にしている連盟である。

 この大会には様々な民族が参加しており、普段一緒にサッカーをしていない在日コリアンの人達と試合をすることができた。非常に良い経験をさせてもらったと思っている。

 対戦するどのチームも1つのシュートや1つの競り合い、スライディングまで、自分達の民族のために身を削って戦っていた。

 そんな中、在日コリアン代表の若手選手は気持ちのこもったプレーができないでいた。第2戦が終わり、みんながロッカールームに集められた。そこで監督の安英学(アンヨンハ)さんが、「お前達は何を背負って戦っているんだ!」、「何のためにここで、在日コリアン代表としてサッカーをしているんだ!」と若手選手に怒号を飛ばした。安英学さんは、朝鮮民主主義人民共和国代表として、FIFAワールドカップ予選を戦い、44年振りに本戦出場を決め、本戦でもプレー経験がある在日コリアンサッカー界ではレジェンドとされている方だ。私は安英学さんの一言で、国や民族を背負って戦うのは、軽々しいものではないと身に染みて感じることが出来た。

 それからというもの、若手選手のプレーが見違えるようになり、観客の人達から素晴らしかったと賞賛をもらった。

 優勝することが出来なくて非常に残念だったが、結果よりも「何かを背負うということ」について学べ、考えられたので本当に良かったと思う。

 この大会を通して、思いを背負い、代表として試合に出るのは決して簡単ではなく、自分の全てをかけて戦わないといけないということを学んだ。

 そして次は、関学サッカー部の思いを背負って戦うことになる。試合に出たくても出られない選手や公式戦がない中、毎日きつい練習を乗り越える仲間や、自分のことのように勝利を喜んだり、負けを悔しがってくれる仲間の思いを背負って戦いたい。

 関学サッカー部は今年100周年を迎え、これまで様々な方々に支えられ成り立っている。また現在も、支えてくださっているOBの方々の思いを背負って戦わないといけない。これらの人達の思いを背負い、身を削り戦う。それがその人達の原動力になると思う。そして何としても、今年は日本一になって笑って終わりたい。そのためにも身を削り全ての思いを背負い戦いたい。

男子チーム4回生 林孝根

2018-6-27
チームのために一番頑張る (金海魁誠)

 4歳から続けてきたサッカーも、今年で16年目を迎える。

 中学では、クラブチームに入団して、てつ(木下哲郎)とともに1時間ほどかけて3年間、電車で練習場まで通っていた。練習が終わって家に着くのが23時を過ぎ、宿題をしていかずに、次の日学校で先生によく怒鳴られていたのを今でも思い出す。そのときから、常にサッカー中心の生活を送っていた。

 中学3年の頃にはクラブチームのユース昇格の話を頂いていた。しかし、サッカーでは無名の、勉学中心の高校に進学することになった。試合に出してもらえないことはなく、自分勝手なプレーばかりをしていた。心のどこかで、自分は上手いと思っていたのだろう。

 高校2年の夏に監督に呼び出されて、「チームのために頑張らないやつはいらない、今のお前は必要ない。」そう言われた。私はその言葉で、今までは自分のためだけにサッカーを頑張っていたのだと気づかされ、これからはチームのために一番頑張ろうと思った。そして3年になると、キャプテンを任され、自分のことよりチームのことを率先して考えることができるようになった。このような経験をすることが出来たので、クラブチームに行かなかったことに対しての後悔は一切なく、むしろ高校サッカーを選んでよかったといまは思う。

 そして私は今、関学という素晴らしい環境で、レベルの高い選手たちとともにプレーすることができている。全国で有名な選手ばかりだ。私は他の部員みたいに、ずば抜けた能力は持っていない。しかし、関学サッカー部の原動力となれるよう、誰よりも努力し、誰よりも走り、鼓舞する声をかけ続けることはできる。チームで一番頑張れる人になる。そして、「あいつ一番頑張っているな。」と言われるように、辛いことや苦しいことに対しても、本気で向き合い続ける。少しでもそのことがチームの原動力となり、自分の成長にも繋がると思うからだ。

 これからも最高の仲間とともに、本気で競い合っていく。もう負けたくない。まずは私が一番に頑張る。チームの原動力となれるように。

 そして関学サッカー部186人全員で、日本一をとりにいく。応援してくれている全ての人に、恩返しできるように。そのためなら一切妥協はしない。

 
男子チーム二回生 金海魁誠

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