部員ブログ

2015-12-10
関西学院大学サッカー部(槙島 隆介)

私は、最後の最後で「関西学院大学サッカー部」という組織の厳しさを痛感した。

リーグ最終節を無事勝利し、残すはインカレに向けて全力を注ぐだけだった。しかし、翌日Bチームとのダービーに負け、Bチームへの降格を告げられた。なぜ落ちたのか、理由はわかっていた。ただ単に自分に実力がなかっただけだ。しかし心の中に「4回生だから大丈夫、副将だから大丈夫。」という甘さがあったために動揺し、現実を受け止めようとしなかった。サッカーに費やす時間は山ほどあったのに、なぜ費やさなかったのか。練習終わりに自主練している仲間を横目に、何かと理由をつけグランドを降りていた自分が馬鹿だった。

だが、ここで腐り、チームのために頑張っている仲間を応援できないことほどかっこ悪いことはない。また、4回生だろうと幹部だろうと関係ないこの厳しさが現在の関学サッカー部の強さであり、日本一を目指す組織のあり方だと気付いた。

だから私は、この悔しい経験を無駄にしないためにも、今できることに全力で取り組み、部員150人を超える組織の幹部としてあるべき姿を見せたいと思う。

4回生 槙島 隆介

2015-12-10
負けじ魂(徳永 裕大)

この時期に部員ブログが回ってくるということは、期待されているということだろう。しかし私は器用なわけでもなく、頭が良いわけでもない。なので、今の想いを書きたいと思う。

私は負けず嫌いest(最上級)である。公式戦はもちろん、練習試合、練習の中の何気ないポゼッションやゲーム、とにかくサッカーに関しては負けたら悔しいし、もう負けたくないと強く思う。自分には関係なくても、ガンバユースの同期が活躍すれば悔しいし、もうすでに日本代表やプロの世界で活躍している同世代の人たちを見れば今でも悔しいし、本気で負けたくないと思っている。このことが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、私はこの性格が自分の中での一つの武器だと思っている。この気持ちがあるから、今日までサッカーをやってこられたのであろう。

そしてインカレを闘おうとしている今、私が思うのは(情熱大陸風)人生何十年、百何年とある中のこの短い4年間で、今の4回生と出会えたのは、つくづく運がいいということだ。この時代に産んでくれてありがとう。2015年体育会サッカー部は最高です。そして来年、周りからの期待も、求められるものも大きいと思う。しかしそんなものには負けない。なぜなら負けず嫌いだから。

3回生 徳永 裕大

2015-12-9
伝える(黒川 瑞穂)

総理大臣杯で日本一になり実感したこと。あくまでも目標の日本一は目的の手段であり、日本一以上の価値はその奥にある。

あと4試合。この試合が関学の全てだ。今までのタイトルを全て剥奪されてもいいから(言い過ぎ)インカレのタイトルが欲しい。
普段あまり他のことに欲が出ない自分が、どうしてこんなにも日本一を獲ることに執着しているのか、少し考えてみた。

それは優勝しないと見られないものがあるからだ。

優勝した瞬間の成山監督の表情を見たい。
優勝した瞬間の井筒の表情を見たい。
優勝が決まり応援団の元へ駆けつけるAチームの選手の姿を見たい。
応援団が心の底から喜んでいる瞬間を見たい。

今年度のラストの大会。4年生みんなで考えたスローガンがある。「Keep Going ~驚きを普通に~」本当に今年に相応しいスローガンであったし、今もなおこのスローガンのもと行動しなければならない。
1.2.3年生はもちろん4年生は特にこの大会で成長し続けなければならない。やり続けなければならない。B.Cの4年生はなにをして成長するのか、プレーで貢献できるトップの選手はどうやって成長するのか。インカレという、学生がスポーツを通して成長できる場所を与えてもらっていることに対する感謝の気持ちと、大学サッカーを代表する集団にならなくてはならない責任を背負い、プレーでも応援でも振る舞いでも全ての面で関学らしさを発揮して欲しい。

とはいえ、スポーツの世界は厳しい世界である。なにをしてきても結果が全て。みんなの素晴らしさを伝えるためには日本一になるしかない。だから優勝する。

優勝して伝えよう。関学の素晴らしさを。

4回生  黒川  瑞穂

2015-11-20
私にとってサッカーは、遊びだった(棚田 威久海)

職業にならない限り、サッカーは遊びである。
私は、17年間、サッカーという遊びを続けてきた。こんなことを言うと、共にサッカーをしてきた仲間は怒るかもしれない、応援してくれている方は失望するかもしれない。自分たちとのサッカーは真剣ではなかったのかと、本気でサッカーに向き合ってはいなかったのかと。しかし、そうではない。遊びだったからこそ、真剣に取り組んできたし、本気で向き合ってきた。

私は、強要されてサッカーをしたことは一度もない。また、サッカーをしなければ生活ができないわけでもなければ、人間関係が築けないわけでもない。友達がいなくなることもなければ、所属するコミュニティがなくなるわけでもない。つまり、わざわざ選んで、好き好んで、サッカーをしてきた。だからこそ、私はサッカーが遊びだと考えている。では、なぜ、私は、数ある遊びの中からサッカーを選び続けてきたのだろうか。少し、考えてみてほしい。遊びを選択するとき、何を一番の基準とするだろうか。費用だろうか、物理的条件だろうか、もしくは、その遊びをすることによる成長度合いだろうか。違うはずだ。”楽しいかどうか”それが、一番の基準になる。

17年間、私のサッカーに対する姿勢の根底にあったのは、「サッカーが楽しい」そして、「もっとサッカーを楽しみたい」という、とても単純な想いだった。サッカーをすることによる楽しさは、他のどの遊びをも凌駕していて、何事にも代え難かった。そして、その楽しさは、自分自身がレベルアップしていく度に大きくなっていった。もちろん、レベルアップのための練習や競争は苦しかったし、辛かった。中学、高校時代には、弱小校に所属し、チームのことしか考えられない日々が続いたりもした。しかし、そんな時も、サッカーから離れることはなかった。何のために歯を食いしばって、何のためにチームのことで頭を悩ませてきたのか。答えは明確で、その方が楽しめるからだ。思い通りの場所にボールを止めて、思い通りの場所にパスができる方が楽しいし、試合に勝てる方が楽しいからだ。ただ、もっとサッカーを楽しみたい。それが、ここまでサッカーという遊びを続けてきた理由だ。

後一ヶ月と少し。そろそろ、サッカーという遊びともお別れだ。今になって思う後悔が少しだけある。大学サッカーを、もっと楽しめばよかった。思いっきり親の脛をかじって、思いっきり周りを巻き込んで、大学サッカーの意義や人間的成長なんて全く考えずに、もっと純粋に、ただサッカーだけを楽しめばよかった。神様はよく見ている。自分をごまかして、楽しくない大学サッカーを続ける理由を、無理やりサッカー以外のことに見出していた私に、怪我というプレゼントをくれた。おかげで、サッカーから離れる前に、自分がどれだけサッカーが好きだったのかに気づけた。

そういえば、私の好きな聖書の言葉にこんなものがある。「わたしたちは見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」(コリントの信徒への手紙 二 4章18節)思い返せば、奇妙で、辛くて、誰よりも楽しんだサッカー生活だったと思う。

4回生  棚田  威久海

2015-11-18
追求し続ける (青木 健登)

私のサッカー人生は成功を収めたことも少ないが、あまり試練に出会ったこともなかった。高校までは中心選手としてプレーさせてもらっており、試合に出してもらえないことはなかったし、大怪我でサッカーをすることができないといった経験がなかったからだ。そして、関学サッカー部に入ってからも1年目はBチームであったが、2年目はAチームで呉屋君の背中を負いながらトレーニングをし、関西選手権や天皇杯のピッチに立たせてもらうことができ、充実した生活を送ることができていた。しかし、2回生の10月、インカレのメンバー入りを目標にトレーニングをしていた最中、膝に大怪我を負ってしまい、人生で初の長期離脱を経験した。これは人生で最初の試練であり挫折であった。この時自分を支えてくれた言葉がある。

「思い通りにいかない時が一番面白い。どこまでも追及しろ」

これは高校卒業の際に高校時代の監督から頂いた言葉だ。約半年サッカーができないといった今までの人生で味わったことのないフラストレーションの溜まる生活の中、この言葉の影響力は大きかった。この言葉によって怪我をしてしまったことをネガティブにとらえることなく、復帰する約6か月後の自分をイメージしながらリハビリを行うことができた。

しかし、正直なところ復帰してからの今シーズンは、個人的に納得していないし不甲斐なかったと思っている。目標であったAチームに戻ることができなかったからだ。ましてやBチームはIリーグで負けてしまい全国大会に行くことができなかった。しかし、このような思い通りに行っていない状況をどのようにすれば打開できるのか。これを追及することが自分の成長に大きくつながると思っている。
Bチームの今年の公式戦は終わってしまっているが、トレーニングできる時間はまだ残っている。この言葉を頭の片隅に置き続け、トレーニングがあることに感謝し、サッカーを追及し、来年はAチームで勝利に導くゴールを決める選手になる!

3回生 青木 健登

Copyright(c) 関西学院大学体育会サッカー部 All Rights Reserved.