部員ブログ

2015-8-5
恋と愛(霧嶋 貴一)

人間が何か行動を起こす際には多くの要因が考えられるが、続けることに関しては「好き」という要因が根幹にあるのではないかと私は考える。
私は幼少期からいくつかの習い事を経験しているが、現在も続けられているのはサッカーのみである。他の習い事とサッカーとの決定的な違いは、活動を通じて多くの仲間ができることであったり、うまくいかなかったことがうまくいったときの達成感であったりと多くの要因があるが、それらは全てサッカーに対する「好き」という想いで説明できよう。

しかしインカレ決勝での敗戦が、この私の「好き」という漠然とした想いを中心としたサッカー人生を変えた。
日本一を目前にした敗戦に打ちひしがれる仲間を目の当たりにし、自分自身の甘さを感じた。
真剣に目標に対して取り組む仲間に自分は何ができるかと考えた時、この言葉を知った。

「恋」ではなく「愛」へ
「恋」と「愛」は似て非なるもの。
「恋」とは下心、つまり片想い。自己満足のみの想い。
「愛」とは真心、つまり両想い。相手を知り、想うこと。

今まで、三回生までの私のサッカーへの「好き」は「恋」であったと知った。自分の楽しさや達成感を満たすためだけに行動し、サッカー部の幸せを考えてはいなかった。
しかし現在の私の「好き」はまさしく「愛」である。サッカー部の幸せのために、サッカーを続けたいという想いを捨て、スタッフとして選手を支えることから、今まで以上に影響力を持てるコンダクターとなった。この行動は全てにおいて100点満点の答えでないかもしれない。しかし私にとっては正解であったと信じている。

あと数ヶ月となった私の関学サッカー部生活だが、今シーズン終わった時に私の「愛」が誰かを少しでも幸せにできたのなら幸いである。

4回生  霧嶋 貴一

2015-7-31
蓮の花を咲かすために(寺尾 洋)

小さい頃から周りにはレベルの高い仲間がいた。
だから、分かったことがある。
私には別に特別な力があるわけではないこと。
ただ、それでも自分を信じてやってきたことがある。
それは、’’決して諦めない’’気持ちを持ってやり続けること。
そうすれば、チャンスは必ず来た。
見てくれている人は必ずいた。

かと言ってすぐにチャンスが来るわけでは無かった。
それを活かした数も少ない。
何度も心が折れそうになる経験をしてきた。
その度に逃げ出すことはできたのかもしれない。
でもそれは違った。
高校の時の恩師に言われた言葉がある。
「蓮の花のようになれ。蓮の花というのは、泥水が濃ければ濃いほど綺麗に咲く。また、綺麗な花と言うのは目には見えない部分”根っこ”がしっかりしている。」
人生でいう泥水は、辛いこと、悲しいこと、しんどい経験である。
蓮の花のようにこの困難を吸収することが人生における綺麗な花を咲かすことに繫がるのである。
根っこに養分をしっかり吸収出来ない人間は咲かす花も良くはならない。
だから、自分に対して降りかかる成長のチャンスならば、どんなものでも拒んではいけないと思った。
そして、信じてくれた恩師のためにも
「自分自身を最後まで信じれる人間になりたい。」
と思った。
私が知りたいのは楽な道のりではなく、険しい道の歩き方である。
だから、その度に諦めない気持ちを持ち這い上がって来た。
そして、その’’諦めない気持ち’’が自分のサッカーに対する唯一の希望になった。
周りがどうとかではない、自分が自分を信じられるか。
それが、時々、良い結果になって返ってきた。
「本物は続く、続けると本物になる。」
この言葉を私は学んだ。
そして、この言葉信じて私は生きていきたい。
絶対に諦めない。

また、私は常に仲間に恵まれている。
その理由は、目標の広がりである。
市内で一位を取るといった小さな目標から始まったサッカー人生。
気付けば大阪で一位、そして関西で一位を取るという目標達成の段階を踏み、現在は全国制覇を掲げている。
ここまで目標が広がり続けているのは関わってきたチームメイト、親、様々な人のおかげである。
本当に仲間に恵まれた。
だから、仲間の為、目標に貢献する為、支えてくれている方々の為、泥臭くやっていきたいと思う。
それが恩師の言っていた蓮の花に繋がると思うから。

2回生  寺尾  洋

2015-7-29
私次第(千代延 弥香)

「まさかここまで来れるとは」
日本一を目標に掲げて取り組んで来たはずだったのに、昨年のインカレで決勝に進むことが決まった瞬間の思いは、正直そのようなものでした。
あの時は何事にも全力で取り組み、日本一を達成するためにできることは全てやった、あとは選手にベストを尽くしてもらうだけだ!という気持ちでいました。
結果、インカレは準優勝に終わりました。

昨年の経験を経て、今年こそ日本一を達成したいと強く感じたと同時に、昨年と同じ方法では通用しないと感じました。
どんな環境に身を置けば、自己成長し、周囲に影響を与えられるマネージャーになるかを考える内に、部の根底にあるC2に帯同し、練習環境を少しでも良くしていくことが私の使命のように感じられました。
しかし、私に足りていなかったのは、これだけではなかったのです。

スローガンを決める話し合いで、「驚きをふつうに」を聞いたとき、この言葉の飾らないそのままの意味に何と無く惹かれ、この言葉に票を入れました。
自分が考えたスローガンでもないのに、話し合いが進むにつれ、この言葉に対する私のこだわりはますます強くなりました。
私の頭の中には、インカレの時の自分の姿があったのかもしれません。
驚きをふつうに出来ずに舞い上がってしまった
その驚きに満足し、成長が止まってしまった
今思い返せば、日本一を達成するつもりでいるのに、決勝に進んで「ここまで来れるとは」なんて、思ってはいけなかったのです。私ができることはもうこれ以上ないと、現状に満足してはいけなかったのです。
今まで私に足りていなかったのは、この言葉そのものだったのかと気付きました。

しかしそのことに気付いても尚、4年目を迎えた最初の頃の私は、天狗になっていたと思います。周囲の指摘を素直に受け入れないことや、ミスをして迷惑をかけることもありました。
それでも、私を見捨てず本気で向き合ってくれる同期、どんな時も支えてくれる後輩のお陰で、やっと自分を見つめ直すことができました。
今も周囲に支えられることは多々あります。その度にまだまだ私は未熟なのだと実感します。未熟なままでは日本一を達成することはできません。現状に満足せず、成長し続けなければなりません。
こう思えるようになるまで、随分長い時間がかかりましたが、残された時間はあと半年。あと半年でどれだけ成長し、日本一達成のための戦力になれるかは、私次第です。

4回生 千代延 弥香

2015-7-24
最後にやるべきこと (中西 康太)

私はこれまでの人生の大半をサッカーのために費やしてきた。周りが遊んでいる時間に厳しい練習で汗を流し、食事を自制し、体調に気を遣い、毎日サッカーを第一に優先して生活してきた。しかし私は、この生活で周りよりも損をしてきたなんて決して思わない。私にとってサッカーから得られる喜びや充実感は、普通の生活からは絶対に得られないほど大きなものだからである。サッカーは、いつの間にか自分の生活になくてはならないものとなっていた。

気付けば、私はサッカーからたくさんの恩恵を受けていた。サッカーのおかげで、一人の人間として大きく成長することができた。一生大切にしたい仲間ができた。恩師と呼べる人に巡り会えた。震えるほどの感動を味わうことができた。サッカーで味わった挫折や苦痛を帳消しにして余りあるほどの素晴らしい経験を私はさせてもらった。そしてまたひとつ、関学に入学させてもらえるという恩恵を受けた。関学サッカー部は、サッカーと私生活の両面で日本一を目指す本気の集団であり、そこに中途半端な考えや妥協は一切ない。目標のために一人一人が全力を注ぎ、毎日レベルの高い競争が生まれている。まさに私の求めていた環境であり、このチームでサッカー選手としての最後を迎えられるのは、私にとって大きな財産となるだろう。自分は本当に恵まれていると感じる。

そこで私が思うのは、これだけ多くを与えてもらっているのに対し、自分は何か恩を返せているだろうか、ということである。サッカーを思う存分やらせてくれている家族には成長した自分を見せることが、仲間・師には結果で応えることが、そしてサッカーには真摯に取り組むことが恩返しであり、私が最後にできることだと思う。私はまだ何も成し遂げていない。弱音を吐いている場合ではない。自分勝手にプレーしている場合ではない。もっと謙虚に、ひたむきに、全身全霊でサッカーに取り組むことが私にとっての使命である。覚悟を持ってこの使命を全うし、そして、家族や仲間、支えてくれた全ての人に自信を持って自分を表現し、恩返しができるようにしたい。

来年の冬、自分はどうなっているだろうか。ピッチに立っているだろうか。自分のサッカー人生に満足しているだろうか。後悔はないと、胸を張って言えているだろうか。残り二年とないサッカー人生、闘志が燃え尽きるまで、自分の全てを出し切りたい。
全国の頂点に立つために。

3回生  中西 康太

2015-7-22
感動を再び(松田 名雄斗)

私が初の公式戦、Iリーグに出場できたのは3回生になってからだった。実力で勝ち取ったものではなかったがものすごく嬉しかった。

それまでの私は長い間一番下のカテゴリーであるC2でプレーをしていた。Iリーグに出場するという目標に向かって、諦めずに日々の練習に取り組んでいたことが、報われた瞬間だと感じた。それと同時にとてつもない不安感が襲ってきた。今までC2でしかプレーしたことがない自分が出場して、チームに悪影響を与えてしまうのではないか。そのようなことを考えても仕方のないことだが、その不安感を拭い去ることは出来なかった。僕の不安感を感じ取ったのか周りのチームメートが僕に声をかけてくれた。チームメートの大切さを改めて感じることができた。Iリーグには5戦出場し、お世辞にも良い結果を残せたとは言えない。しかし、試合に出られることの喜びを全力で感じることができた。

あの喜びを再び体験するためには、さらなる努力を積み重ねなければならない。3回生の終わりには病気で練習を抜け、4回生になった直後に怪我で練習を抜けた。前期のIリーグは終了し、僕に残された時間はあとわずかしかない。残されたわずかな時間で自分には何ができるのか。それをしっかり自分に問わなければならない。試合に出られる喜びを再び感じるためには、この夏が勝負である。

4回生 松田名雄斗

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