部員ブログ

2019-9-6
僕の大学サッカー(北村万宙)

二回の北村です。
今回僕はこの部員ブログになんで大学でもサッカーをやろうと思ったのかを書かせて頂きたいと思います。

僕は双子なのですが、その双子の弟が母にサッカーをやりたいと言って、じゃあ一緒にやりなと僕もついでに始めさせられました。小学生5年ぐらいでした。
その後中学、高校とサッカーをなんとなく続けてきました。別にそこまで本気だったわけでも無いのですが、普通に考えて、今までいろんな物を犠牲にしてサッカーに時間を費やしてきたのに、辞めたらもったいないと思っていました。

それは大学に入る時も同じでした。サッカーを続けるのが前提で大学を選びました。ただ、大学のサッカーはなんとなくで続けるほどそんなに甘くないと親や顧問の先生、友達など様々な人に言われました。なのでとても不安を感じていました。しかしその反面で、どうせなら中学や高校の時に全く手の届かなかった全国レベルのプレイヤー達と一緒にやってみたいという期待もありました。

今僕はこの関西学院大学のサッカー部に入り、サッカーを続けていますが、正直周りのレベルに全然ついていけず、日々の練習でもついていくのがやっとでとても刺激を受けています。しかし、後悔は全くしていません。むしろこの環境で出来ることを嬉しく思います。いつか、「お前は大学じゃ通用しないよ。」と言った友達を見返せるような選手になりたいです。以上です。ありがとうございました。

余談ですが、双子のもう片方は全く似ていません。背も10センチほど僕より高いです。

男子チーム 2回生 北村万宙

2019-9-4
置かれた場所で咲く(太田晃輔)

大学サッカーに挑戦してから2年半が過ぎた今、これまでの経験からその時の考えや心情を踏まえてどのように考えが変わったのか書いていこうと思う。

1年目。指定校推薦で入学した私は、ランテストに合格してC2チームからスタートした。徐々にカテゴリーを上げてもらい、夏以降はbチームで活動した。B2チームでIリーグ、関西の決勝トーナメント、BチームとしてIリーグ全国大会、さらにはIリーグ全国優勝まで経験させてもらい、凄く学びが多かった。Iリーグ全国では、グループリーグ3試合は出場なし、準決勝だけフル出場、決勝戦はベンチ外でスタンドから見ていた。人生で初めて全国優勝を経験した。先輩方や試合に絡んでいた同期などは涙を流しながら、喜んでいた。しかし、私は全く喜ぶことが出来ず、悔しさや自分はスタンドで何をしているんだろうという気持ちが自分の感情を埋め尽くしていた。他のカテゴリーの人達や学校の友達からも「おめでとう」などの祝福の言葉をかけてもらったが、素直に受け入れることは出来なかった。

しかし、大会期間中に同部屋のある先輩からの言葉に救われ、気持ちを元に戻し、この悔しさを自分のこれからの原動力に変えてくれた。その言葉を紹介する。
「『置かれた場所で咲きなさい』という本があります。私はこの本に色んな時に助けられました。怪我や試合に出られず、扱いが酷いと感じる時もあると思います。しかし、絶対に腐ってはいけません。腐るとこれまでの努力が水の泡になります。自分自身、腐らずやってきたつもりです。それでも、今思うと、もっと必死になっていればよかったと思う時があります。晃輔は、素直な心を持っていると思います。その心を忘れず、置かれた場所で咲いてください。これまでありがとう。」
この先輩は今一番チームのために考えてくれて、動いてくれている。その時はこの先輩が選手を辞めると決意し、この言葉を書いてくれたことを思うとこの先輩が日々必死にプレーしている姿を思い出した。このままじゃだめだ、もっとやらないといけないと心を突き動かされた。

2年目。この1年間はBチームで活動した。春先、Aチームに上げてもらったが1週間で落とされた。さらに、夏に足首の靭帯を4本も切ってしまう怪我もしてしまった。このような小さな挫折を経験しながら、年間を通して私はB2チームでIリーグを戦った。チームとしてIリーグ全国大会“連覇”を目標に掲げながら、関西のグループリーグさえも突破することが出来ずに目標達成とはならなかった。その後は地獄の走りや厳しい練習の日々だった。

3年目。やっとの思いでAチームで活動させてもらっている。プレシーズンでは、練習試合でもスタメンで使ってもらうことは一度もなく、今年もリーグ戦に出場するのは厳しいと感じた時もあった。自分の実力の無さをわかっていながら、自分以外のせいにして、言い訳をして、自分以外に理由も求めていた。この期間に色々考えた。そこでこの組織でよく耳にする「自分にベクトルを向ける」、「周りを変えるのではなく、自分を変える」という言葉を実践すべきだと考えるようになった。これまでは、人のせいや自分のせいでなければいいやと思って、やっていた部分があったように感じられる。これこそが成長の妨げとなっていた。このことに気づいてからは、試合で使ってもらえないのなら、使わざるを得ないくらい結果を出そうと自分に目を向けることができた。このような思いで練習に取り組んでいたことで神様がチャンスを下さったと思っている。神様は努力している者にチャンスを与えるとよく言うが、神様が見てくれているというよりはその努力している姿を1番見ているのは他でもない自分自身である。だからこそ、自分に自信が生まれ、結果を出せるようになるのではないかと思っている。そして、リーグ戦や天皇杯、関西選手権など多くの試合に出させてもらった。しかし、求めていた結果を出すことが出来なかった。私が試合に出させてもらうようになってから、失点が増えるたびに「お前が出たら、また失点する」、「また勝てないな」など言われることもあり、もの凄く悔しい上にそれだけ自分の実力がないことに対して、本当に情けなかった。大事な試合で負けたのはすべて私のせいである。リーグ戦も天皇杯も関西選手権も。応援してくれている人達には、本当に申し訳ないと思っている。

神様は乗り越えられない試練は与えない。そのようにして、これまでの結果を通して自分達が強くなるために、成長するためのきっかけを与えてくれている。これらの負けがあったからこそ、日本一になれたと言えるようにやっていかなければならない。これまでのサッカー人生や大学サッカーを振り返ってみても、その9.9割は辛く苦しいことで残りの0.1割で結果が出て喜びや幸せを感じる瞬間だったと感じている。関学サッカー部は日本一を目指している。そのために日本一を目指す過程でそのほとんどがきつく、辛いことであっても日本一を目指す覚悟を持っているだろうか。やり続ける意思を持っているだろうか。これからも自問自答していく必要があるし、部員全員がその覚悟を持つべきであると思っている。

まずは日本一になるためにすべきことをやる。そして、Iリーグ全国で感じた思いをしないでいいように、日本一になった時に私は必ずピッチに立っている。

部員ブログを書く機会を与えていただきありがとうございます。上手くまとまらなかったので、長くなってしまいました。最後まで読んでくださってありがとうございます。

男子チーム 3回生 太田晃輔

2019-9-1
活力(三島涼風)

今回部員ブログを書かせて頂くにあたり、何を書けばいいのかとても悩んだ。考えていると一番に「両親」が頭に浮かんだ。それほど私の人生とサッカーにおいて掛け替えのない存在なのだろう。
私の部員ブログで誰かに何を与えられるのか分からないし、何を伝えられるのかも分からない。また、いつ何時このような機会を得られるか分からないのであれば、下宿生でもなく毎日顔を合わせているのにおかしな話かもしれないが、普段言えないサポートし続けてくれる両親への思いを少し述べたい。

「末っ子はわがまま」その通りに私はなってしまった。兄と姉を持つ末っ子。わがままで尚且つ負けず嫌い。今まで両親に一番手を焼かせてきたことを自分でもよく分かっている。自分本位な人間でなんでも思い通りにいかなければ気に食わない。幼い頃からそうだった気がする。

「自分のために誰かが何かをしてくれる。」それが当たり前になっていたのかもしれない。

そんな中、兄の影響もあり小学2年生でサッカーを習い始めた。当時は運動神経も良く、すぐに上達していったことをよく覚えている。ただただサッカーが楽しかったということもあったが、上手にサッカーができて自分が中心になれるからこその楽しさだったのではないかと今では思う。

しかし、不思議と堪らなく嬉しかったのが活躍すればするほど両親が喜ぶことであった。ゴールを決めるたびに喜ぶチームメイトよりもスタンドにいる両親を探したことを幼心に鮮明に覚えている。FWをずっとしていたのもゴールを決めれば喜んでもらえるという単純な理由だったように思う。

自分本位な私が初めて誰かのために何かをしてあげたいと思えたのがサッカーであり、そしてその誰かが両親だったのだ。幼い頃から変わらない自分本位な部分がある中で、「両親を喜ばせたい」という思いが今でも変わらず私のサッカーへの活力になっている。

今まで13年間サッカーを続けてこられたのも両親のお陰であり、本当に感謝している。両親に限らず沢山の方々にお世話になった。その中でもサッカーを通して濃い時間を過ごしてきたのは両親であった。
大学に入ってからは公式戦に出られず、怪我に悩まされる時期もあった。しかし、変わらずサポートし続けてくれる両親をまたあの幼心に覚えている笑顔にしてあげたい。あと2年半の大学サッカーでどれだけのことを与えてあげられるだろうか。
この思いが私のサッカーへの活力であり、日本一を目指す原動力でもある。また、彼らの活力が私のサッカーを楽しむ姿であれば嬉しい。

男子チーム 2回生 三島涼風

2019-8-28
後悔(加藤宙)

初めてこのようなブログというものを書くので下手な文章になると思いますが、読んで頂けると嬉しいです。では私の後悔について述べていきたいと思います。

全国高校サッカー選手権の3回戦で敗れ、高校サッカー引退が決まった時、「やりきった。後悔はしてない。」と思うことは出来なかった。というのは最後の最後でとても大きな後悔をしたからだろう。

私はプロになることを目指して地元の香川県を離れて大阪桐蔭高校に進学した。プロになることが最終目標であったが、そのためにも日本一になるため、3年間プレーした。知っている人は誰1人としておらず、親のいない生活や、関西人とのコミュニケーションなど初めてのことばかりで、生活に慣れるのに一苦労だった。サッカーでは、私の学年はJユース出身が多く、レベルの高さに驚いた。また圧倒的にプレースピードが速く、スピードに慣れるのにも時間がかかった。1年のほとんどはCチームだった。2年になるとAチームの同じポジションには1年生が試合に出ていて、私は2年の間もほとんどCチームでプレーしていた。3年になるとチャンスが回ってきて、Aチームでプレーするようになった。そしてインターハイは逃したものの選手権で全国に出て、メンバーとして戦うことができた。これだけを見れば周りからは「すごいやん」、「いいな」といったことを言われる。けれど、3年生の1年間でも試合に出れない時期もあったし、自分が出ると失点して負ける試合が続いたこともあった。何度も後悔した。何度も悔しい思いをした。引退が決まった全国高校サッカー選手権の3回戦は一生忘れることができないと思う。PK戦で敗れたが私はピッチに立ちながらもPKを蹴ることができずに終わってしまった。私は府大会の準決勝、プレミア参入戦のPKでどちらも5番目以内に蹴らしてもらい、どちらも決めている。だがこの時は9番目だった。順番が決められた時、「なんで?」という感情が1番に出てきた。だが監督、コーチ、主将、副将で決めたことだからと思って何も言えなかった。本当はこの大舞台でびびって逃げただけかもしれない。結果、2年生が外して負けた。自分に蹴らせてほしいと言えば良かった。これが人生の中で1番の後悔となった。

後悔には2つのパターンがあると思う。1つは何かアクションを起こして起きる後悔。2つ目は何かをしようとするが何もアクションを起こせずに起こる後悔。私の場合は後者がほとんどである。もしPKを蹴らせてほしいと言って、蹴らせてもらえてても外していたかもしれない。決めていた可能性もある。結果論だと言われればそこまでだが、アクションを起こして起きる後悔の方が圧倒的にポジティブな後悔になると考えた。だから、私は選手権で負けた時に「やりきった。後悔はない。」と思うことができなかったのではないかと思う。だが、何もしようとしないと後悔は起きない。 人はアクションを起こした場合も起こそうとして起こせなかった場合も何かしら後悔する。ならばアクションを起こして後悔する方が人は成長すると思う。なぜならアクションを起こして起きる後悔の方が後悔して気づいたことをプラスに捉え次に生かしやすいからだ。後悔しないことがベストであるが後悔することで気づくこともあり、成長することもたくさんある。後悔してから気づいても遅いこともある。だが、後悔してからの個々人の行動が私は最も大切ではないかと思う。後悔した後の行動次第で後悔が後悔ではなくなることもあるかもしれない。これはサッカーだけでなく、友達関係や恋愛、家族の問題などの日常生活にも当てはまる。

関西学院大学サッカー部に入部してすでに1年と4ヶ月が過ぎた。そのほとんどを私はC1チームでプレーしている。3月にBチームに上がらせていただいたが3週間ほどで落とされてしまった。落とされた時は「もっとこうしておけば良かった」「もっとこうできたのではないか」とめちゃくちゃ考えた。この場合も何もアクションを起こせずに起きた後悔だった。これからの人生で後悔することはたくさんあると思う。私はその後悔を何かアクションを起こした結果生まれる後悔にしたい。私は今もプロになるという目標がある。大学生にもなると目標や夢を口にする人は減る。多分大学生にもなると現実を見て区切りをつけるようになるからであろう。私はこの目標だけはぶらしたくない。自分の芯となるものだからだ。プロを諦めた結果生まれる後悔をするならばプロを目指し続けた結果生まれる後悔をしたい。もちろん後悔するつもりはない。だがプロの世界というのは甘くない。このままでは後悔することになると思う。ならこれからどうすればいいのか?常に考えて行動に移していかなければならない。私は応援してくれている家族、友人のためにもプロになれるように、さらに高校で果たせなかった日本一になるために残りの大学サッカーを全うしていきたい。

拙文ではございますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

男子チーム 2回生 加藤宙

2019-8-26
積み重ね(輪木豪太)

私は、自分の経験から「積み重ね」の大切さを知ることができた。そのため部員ブログを書かせてもらう機会を利用してそのことについて伝えていきたい。

私は、5月に股関節のケガをしてしまい、そこから最近までの約2ヶ月間、サッカーをすることが出来なかった。他の選手たちが公式戦やリーグ戦を戦っているのを応援側からしか見ることが出来ず、関学を背負って精一杯戦っている仲間達を見るとケガで何も出来なかった私は大きな無力感に陥っていた。自分はここにいなくてもいいんじゃないかと思うことさえあった。試合や練習のサポートなど出来ることはやっていたが、プレーしている選手たちを見ると、正直しんどかった。しかしそんな中、ある人から、「早く戻ってこいよ、はよ一緒にサッカーしよや、待ってるで!」という言葉をかけてもらった。その人にとっては何気ない言葉かもしれないが、私にとっては大きな救いとなる言葉であった。
そこから、私は、今何をするべきかを考える時間が増え、「この期間は、ケガを治すだけの期間ではなく、ケガを治しながら、色んなことを積み重ねておく期間だ。」という答えが自分の中で生まれた。しかしプレーしている選手たちに比べて、出来ることが少ない私は、確実に差をつけられていく。その中で私は1つ1つのことに全力で取り組み、選手たちがOFFであっても必ずリハビリを行い、1日1日を全力で積み重ねていった。それから復帰までの期間は、高いモチベーションを維持しながら過ごすことができた。その甲斐あってか、今は復帰して、いい状態でプレーすることができている。
このケガをしていた期間があったからこそ、成長に欠かせない、基本的なことである「積み重ね」の大切さを再確認する事ができた。

次に、日本一になるための「積み重ね」について書いていく。
関西学院大学サッカー部は日本一を目指しており、私もそのメンバーの一員である。
日本一になるために日々の練習や試合の積み重ねはもちろん大切であるが、私は選手同士の信頼関係も必要不可欠であると考える。なぜなら、チームメイトへの信頼があればミスや失敗を恐れることなく思い切りの良いプレーが出来たり、しんどくても頑張れる存在になると思う。
では信頼と積み重ねはどう関係しているのか?それは信頼関係が生まれる過程にあると私は考えている。信頼とは、どのような過程で生まれるのか、それは相手との関わりの「積み重ね」から生まれるものだと考えている。何も関わりのない相手には信頼なんてしないし、関わりを増やしていけばいくほど深くて強い信頼関係で結ばれると思う。
そこから日本一になるためには全ての面においての「積み重ね」が重要だと考える。

私はまだ日本一というものを経験したことがない、そのため日本一になりたい気持ちは強い。
個人としても、チームとしても、まだまだ出来ることはたくさんあると思う。日本一という最終目標を達成するために1日1日を全力で「積み重ね」ていきたい。

男子チーム 2回生 輪木豪太

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