部員ブログ

2019-11-1
話すことの大切さ(廣瀬龍弥)

今回部員ブログを書かせてもらう一回生の廣瀬龍弥です。今回関学サッカー部に入って半年くらいですが思った事を書きたいと思います。

私の19年の人生がほぼサッカーをして過ごしてきたのは間違いないだろう。そして関学サッカー部がこれまで所属してきたチームの中で一番レベルの高い集団であるのも間違いない。これまでの高いレベルをなぜ毎年のように維持できるのかが疑問でならなかった。私はこんな風に見えて高校でキャプテンをしていた。高校一年の時、選手権で全国ベスト4という記録を先輩たちが残した。とても誇らしく見えた。自分達もあの舞台まで行きたい。そう思って3年になった時キャプテンになったのだ。

しかしキャプテンになってからは戸惑いの連続だった。BチームやCチームの3年生などが向上心を持って練習に取り組まなくなってしまったのだ。私の気持ちを言語化してもどうせ伝わらないからプレーで背中を引っ張っていこうとその時は考えていた。しかしまずそこが間違っていたのだ。

大学の遠征の夜のミーティングでは喋りすぎやろって思うくらいみんなが発言する。みんなが自分の意見を他に伝えたくてたまらないのだ。もちろん関西人だからっていうのもあるがそれにしてもみんなよく喋る。結論まとまらない。当たり前だ。十何人の一人一人の意見がまとまるのは奇跡だ。しかし私はそれでもいいんじゃないかと思っている。色々な意見があることでそれを改善するために向上心を持ってみんなが取り組む。ずっと成長し続ける。あ、だから強いんだ。私はこんな簡単な事に高校の時に気づく事が出来なかった。いい試合をした日のミーティングは短かった。もっと、みんなの意見を伝える事によってもっと強くなれたのに。だけどそんな後悔を今してもしょうがない。だからこの関学で自分の意見をもっと発信していきたい。一回生なりの意見をぶつけていきたい。そして関学サッカー部の廣瀬龍弥として成長している姿を応援してくれている家族、高校の先生達、関係者の方々に見せていきたい。

拙い文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。

男子チーム 1回生 廣瀬龍弥

2019-10-28
影響力(馬場奈都子)

私が関学サッカー部に入部してから約1年半が過ぎた。私の学年は選手が私1人とスタッフ2人という少し変わった構成である。

1回生の頃は選手が1人という不安はあったが、何より新たな地でサッカーをすることが楽しかった。2回生になり後輩ができ、大学生活やサッカー部にも慣れ、私は次のことを考えるようになった。
「私はこのチームにどんな影響を与えているのか。」
正直私がこれを答えるのは難しい。周りの人がどう思っているかもわからない。しかし、考えるのをやめてしまったらただこのチームでサッカーをしているだけになると思う。男子チームの日本一、女子チームの秋リーグでの1部昇格という目標に自分に出来ることは何なのか考えて行動していく。どれだけ自分がチームのために動けるかそれは自分のためでもあるし、自分で自分の存在価値を見出すためである。

最後に、女子チームは春リーグで1部から2部に降格してしまい、秋リーグは2部で戦っている。まだまだ結果が出ていない。4回生になった時、私のプレーの波が激しかったら絶対後輩はついてこないし、女子チームの結果にも繋がらない。私のプレーにかかっている。どれだけプレーで影響を与えれるか。全ては私にかかっている。これを日々の練習で自分自身に言い聞かせ、あと2年半の大学サッカーを悔いのないようにプレーする。

拙い文章でしたが、お読みいただきありがとうございました。

女子チーム 2回生 馬場奈都子

2019-10-24
泥臭く、粘り強く(五十嵐涼矢)

「ゴリッ」
左肩に強い違和感が走った。
あ、左肩もか。
左肩を脱臼した。
右肩が治ったところなのに、またリハビリをしないといけないのか。
私は大学で怪我を多く経験した。

サッカーをしていると壁にぶつかることはあるし、サッカーをしていなくても人生の壁にぶつかることはあると思う。

私が経験した壁はいくつかあるが、今回は、その1つである怪我について書いていきたいと思う。以下に経験した主な怪我をまとめてみた。

高校時代 脛骨を骨折して手術 全治6か月
大学1年生の10月に腰椎椎間板ヘルニアを受傷し手術 全治10か月
大学2年生の9月に右肩の反復脱臼により手術 全治6か月
大学4年生の8月に左肩脱臼 全治1か月半

サッカーをしていなければ、これほど多くの怪我を経験することはないし、手術を3度することはなかったと怪我をするたびに思う。これらの怪我は私の壁として立ちはだかってきたが、私に最も大きな影響を与えたのは、大学一年生の際に腰椎椎間板ヘルニアになった経験である。

ヘルニアだと診断され、当初は保存療法で様子を見た。受傷から約三か月後には回復したため、練習に参加した。ようやく、サッカーが出来ると喜びに浸りながら、ボール回しに参加した。しかし、練習後、腰に激痛が走った。振り出しに戻った。受傷後6か月が何も変わらず過ぎていった。酷い時は、家で洗濯物を干そうと立ち上がっても、すぐに腰が痛くなるので、ベッドの上に横にならなければならなかった。このような状況なので、グラウンドに行っても、ただ練習を見学することしかできなかった。怪我は一向に回復せず、リハビリは地味で、つまらない。今までサッカーしかしてこなかった私からサッカーがなくなれば何が残るのかと考えることもあった。それは、とても耐え難い日々だった。

それでも、諦めず前に進めたのは、家族や友人、リハビリの先生、医者、トレーナー、サッカー部の仲間など多くの人の支えがあったからだ。特に、サッカー部の同期とのビブスじゃんけんや他愛もない話をしながら一緒に帰る時間は私の心の大きな支えになった。なぜなら、仲間と同じ時間を共有している時が私にとって怪我のことを忘れられる唯一の時間であり、楽しかったからだ。皆にとっては普通の日常だったかもしれないが、私にとってはその時間は何にも変えられない時間だった。

しかし、怪我というものは自分自身の問題であり、周りが支えてくれることはあっても、最終的には自分で治さないといけない。だから、徹底的に自分と向き合った。そして、分からないことがあれば、医者やリハビリの先生に聞き、不安や悩みを一つずつ解決した。リハビリは、取り組んでも、すぐに成果は出ないし、逆に少し手を抜いてもすぐに支障が出ることもない。ならば、リハビリに価値がないのか。いや、そうではない。リハビリに価値がないと決めて、今日やらなければ、そのリハビリによって生み出される可能性はゼロになる。だから、その可能性を信じてリハビリに取り組んだ。

最終的には、手術をして、受傷後10か月を経て復帰することができたが、この経験で、人は一人では生きていけないと改めて強く感じた。苦しい時に支えてくれる仲間の存在の大きさを感じ、この繋がりは大切だと感じた。そして、粘り強く取り組むこと。これらのことを学ぶことができた。

私のブログが記載された頃には、左肩脱臼の怪我を治し競技復帰していると思う。サッカー部にいる皆も今までいろいろな経験をしてきたと思う。一人一人に特別な思いがある。それをグラウンドの上で、グラウンドの外で、それぞれが置かれている立場で表現し、前に進まなければならない。かっこよくなくていい。粘り強く、泥臭く。

男子チーム 4回生 五十嵐涼矢

2019-10-21
僕の思い(前田樹)

先日、僕が取得しているアスリートフードマイスターについて掲載されましたが、今回はもう少しそのことについて語ろうと思います。

僕には尊敬している人がいます。その人とはUVERworldというロックバンドでボーカルを担当しているTAKUYA∞という人です。彼は、毎日最低でも10km走る・お酒は年に3回まで・禁煙・ノンカフェイン・グルテンフリー・乳製品なしといった生活習慣を何年も継続しています。彼はライブで最高のパフォーマンスをするためにこういったことを行なっているそうです。
僕はTAKUYA∞のこのような習慣に尊敬しているわけではありません。彼の音楽に対するストイックさに対して自分もこんな人間になりたいと心から思いました。自分が熱中していることに対してどんなことも犠牲にし本気で励む姿はどんな姿よりもかっこいいと思いました。

サッカーでも同じことが言えます。同じ量の練習をしても周りより上手くはなりません。最高のパフォーマンスをするためにどこで差をつけようか考えた時、僕は食に目をつけ、僕の強みにしようと思いました。そして専門的な知識を身につけ、自分に落とし込むためにアスリートフードマイスターという資格を取得しました。初めは自分のために、自分が上手くなるためにという考えで取得しようと考えていましたが、取得したと同時に関西学院大学サッカー部全体に自分が得た知識を還元し貢献できると思いました。今ではいろんな人から食について質問されるようになり、徐々に多くの人が食に興味を持ってくれるようになってきて改めて資格を取得して良かったと思っています。これからもプレーヤーとして最高のパフォーマンスを実現するためにトレーニングだけでなく食にもこだわっていくのと同時に、関学サッカー部全体に食を広め、チーム全体の底上げにつながるように自分なりの貢献をしていきたいと思っています。
また、青木駿も僕が尊敬している1人でもあります。同じアスリートフードマイスターとしてまた違った視点を持っており、見習う部分がたくさんあります。
誰もが強みを必ず持っていますし、作ることもできます。それをどう開花させ確実に使えるものにするかは自分の努力次第で変わってくると思います。みなさんもその強みを自分なりの方法で関学サッカー部だけでなく、自分の身の回りや社会全体に貢献できるように挑戦し続けてください。

これが僕の思いです。最後まで読んでくださりありがとうございました。

男子チーム 3回生 前田樹

2019-10-17
サッカーを続ける理由(下原翔)

3年前の選手権予選、ベスト8をかけた試合で私たちの学校は神戸弘陵と対戦した。強豪校に対して、私たちの高校はスポーツ推薦はなく、半数以上が中学からサッカーを始めるような高校であり、創部初の県大会だった。結果は0対6の大敗。ゴールはおろか、何度も練習したセットプレーのトリックプレーを試す機会すら与えられなかった。この大敗から私はもっと上のレベルでサッカーがしたいと思い、関学サッカー部に入ることを決断した。
この決断から3年。今、恵まれた環境でプレーヤーとしてサッカーをやらせてもらっていることに本当に感謝している。しかし今の私の現状は一番下のカテゴリーであるC2であり何も成し遂げることは出来ていない。
私はずっと下のチームでやってきたからこそ感じていること、それでもプレーヤーを続ける理由を書いていこうと思う。
このブログがサッカーや他の事で思い悩んでいる人のヒントに少しでもなってほしいと思う。

C2は本当に苦しいカテゴリーである。公式戦は1試合もない。戦術的なことを教えてくれる大人のコーチがいるわけでもない。練習の時間は前日の夜まで決まらないことなんてざらである。上級生になればなるほどこのカテゴリーにいることに焦り、上のカテゴリーにいる後輩に対して肩身の狭い思いをする。大学の友達に「トップで出れる可能性がないのにサッカーを続ける意味があるのか」と冗談半分で言われたこともある。そんな状態でも「この組織にどのように貢献するのか」と突き続けられるのだ。
誰だってまずはサッカーでチームに貢献したい。練習しても練習しても結果が出ない。やっと昇格したと思っても落とされる。練習試合にさえ出れない。C2の一人一人が毎日葛藤している様子を見てきた。
こんな日常でも自分がサッカーを続ける理由はこの組織に与えてもらったものを少しでも還元したいからだ。自分の行動で少しでも他人にいい影響を与えたい。なぜならこんな自分にもたくさんの人がいい影響を与えてくれたからだ。
今シーズンが始まるときに中1からずっと同じチームでサッカーをしてきた2人がプレーヤーを辞めてコンダクターになる決断をした。私はこれからも一緒にサッカーが出来ると思っていた尊敬できる2人とプレー出来なくなることが辛かった。今2人は必死にチームのために動いている。彼らを見ていると、自分はプレーヤーとして2人の分も楽しみたい、結果を出したいと強く思う。
2人だけではなく素晴らしい同期を自分は持った。Iリーグやトップチームで活躍する同期は悔しいと思うと同時に本当に誇らしい。毎日一緒に練習する同期も本当に尊敬出来るやつばかりだ。全員と本気で向き合おうとしてくれる学年リーダーや自分がどうなりたいか悩んでいたときに何時間もガストで話を聞いてくれるような同期たちを持てたことを誇りに思う。それと同時に彼らに対して今度は自分が少しでも支えたい。
さらに言うと私たちの学年には新たな目標を見つけサッカー部を辞めた人もいる。異なる環境で努力している彼らにも少しでも勇気を与えたい。いつも見守ってくれている家族はもちろんのこと、他にもいつも応援してくれている母校の友人や先輩後輩、先生たちに少しでも頑張っていることを伝えたい。だからこそどんな環境であっても自分は自分らしくひたむきに努力を続けようと思う。

C2で、他のカテゴリーで、他のところで自分がどうすればいいか悩んでいるのなら支えてくれる人のためにまずは行動することが大切だと思う。それがいつか組織への貢献に自然と繋がっていくのではないだろうか。それが自分にとってはIリーグ運営であったり、人の悩みを聞くことだった。C2がまず出来ることは常に上を目指し、どこの大学の下のカテゴリーよりも最高の、オンリーワンの、チームを作ることだ。どこの大学よりもトップチームを応援できる組織にすることだ。これからもチームの目標である日本一の力に少しでもなれるよう、自分らしくプレーしていきたい。

男子チーム 3回生 下原翔

Copyright(c) 関西学院大学体育会サッカー部 All Rights Reserved.